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ダンジョン が あらわれた  作者: 黒白のアレ。
ダンジョンマン
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ep51:赤黒い何か


 タケっち。


 彼の本名は、佐藤タケシだ。


 現時点において、彼の本名を覚えていた人間は、どれ程いただろうか。


 現代日本においては、時代の流れのせいか、キラキラネームの括りに入る名前として扱われている。

 愚道戯楽、のような名前の方が普通の名前とされているのが、現代だ。


 2000年代初頭では普通か、少し古いかぐらいに思われていたらしい。


 佐藤タケシ。

 彼は、よく周りから"優しい"と評される人間だ。


 子供が好きで、守り育くみ、子供たちが幸せになるまでの道筋を支えるのが、自身の役目であり、昔は支えられた自分たちの義務だと、そう考えている人間。


 彼は悪意を知らないわけではない。


 理由もなく他人を傷付ける人間も。

 他人をゴミ屑のように使い潰す人間も。


 彼は知っている。

 そしてそんな彼らに、絶対の拒絶を覚えることもない。


 世界の人間全てが、皆等しく幸せになれる、などと言う戯言を、理想論ではあるが現実的では無いと処理できる人間だ。


 彼は、周りの人に優しく接する。

 それは、打算がある訳ではなく、そう教えられて来たからという訳でもない。


 一重に、それは彼、佐藤タケシという人間の性質そのものだ。


 生きていくうちに好きな物が出来るように。

 双子であれど、全く同じ人間にはならないように。


 それが在ると証明する事など不可能だが、彼はそんな、魂のような何かを、持っている。


 そんな彼だからこそ、ダンジョンが現れるその時まで戦いとは無縁の場にいた。



◇◆◇



 佐藤タケシは、保育士だった。


 この仕事は、技術が日々進化を遂げる世界でも、無くなることはなかった。


 たくさんの子供たちに囲まれ、共に切磋琢磨し、大人たちが昔してくれたように、教えを育くみ、時に身を削りつつも、子供たちの成長を保護する。


 もちろん、それは大変で、合わない人ならば直ぐに顔を青くして退散してしまうくらいの、精神的な重労働となる。


 けれど、彼はその辛さを享受しつつも、その日々に、何か、満たされるモノを感じていた。


 言葉にするのなら、それは──幸福。


 今でも、暗い部屋で目を瞑ると、彼は鮮明に、その記憶を思い出す。


(……ダンジョンなんか、現れなければ)


 記憶の中。

 多くの子供たちの奥に、ポツンと、開けた領域。


 そこにあるのは、少年のような、小さな後ろ姿。


 その子供は、少し困ったような目で、こちらを見ていて……。


(……そうだな、君には、関係がなかった)



◇◆◇



 一人で、その子は居た。


 保育園の喧騒の中、静かに……いや、あるいはぼーっと、目を周りに向けて、彷徨わせていた。


 机に置かれた食事に、一口だけ口をつけて、その後は食事を目に入れようともしていない。


 それが、妙に気になった。


「ねぇ、君。食べないのかな? 嫌いな物でも、あったりする?」


 丁寧さはいらない。

 ただゆっくりと、目の前の子供との"会話"をするために、片膝立ちに、目線を合わせ、彼は、その子供の目を、見つめながらに問いかける。


「あじが、あんまり、しない……」


 4歳も、いくだろうか。


 幼いながらに、拙い日本語で、答えてくれた。


 その子供の顔に、不安さなどは見られない。

 だから、それが嘘偽りのない事実なのだと、彼は、理解できた。


 それから何日……いや、何週間か。

 それくらいには、没頭していたのだと思う。


 幸いなことに、彼の属する保育園には、キッチンがあった。


 手を変え、品を変え、味を変え、色んな調味料を試してみた。


 そんなある日。


 その日は、スパイスを一から集め、本格的なカレーライスを作って、確かめようとしていた。


 味が濃ければ味を感じることは出来る、というのは分かっていたが、それが美味しいと感じられるわけではない。


 少しの好奇心と、子供の為を思った行動。


 完成したカレーライスを、周囲の子供たちに試食させつつも、その子供の元へ運び、その子供はスプーンでカレーライスを持ち上げ、一口、


 そんな中、彼の視界の端には、キッチンのカウンター上に置かれた、劇ぶ……香辛料が映る。


 蓋が開かれ、赤黒い粉が微かに漏れ出していた、瓶が。


 瞬時、高速に回転する彼の脳は答えを導き出し、それと同時に、顔を青色に染め上げる。


「それっ、待っ──」


「──おいしい……」


 彼の体は、直前の焦りのせいか、初めて見た子供の表情への衝撃のせいか、崩れ落ちる。


 周囲には、子供たちの笑い声が広がっていた。



 それからは、色々な辛い食べ物を、無理のない範囲で作った。


 その度に喜ぶ子供の顔が、喜ばしかった。


 そして──




──子供は死んだ。


 ダンジョンがこの世界に現れる、少し前に。



◇◆◇



 亡くなる前の、最期の一時。

 佐藤タケシ、彼は子供の病室に、通いつめていた。


 曰く、生まれ持った──不治の病。

 子供の親や、子供を担当する医師が、そう言っていた。


 彼は、一つだけ、分からないことがあった。


 亡くなる、一日前。


 彼は、子供に聞いた。


「死ぬのが……嫌じゃ、ないのか」


 涙ながらの酷い声に、ぐしゃぐしゃになった、醜い顔。


 子供はただ、気の抜けたように笑って、「美味しかった」と、そう言っていた。


 病室の棚には、写真が立てられている。


 赤黒い何か……子供の大好きな、香辛料と共に、彼と子供が笑みを浮かべていた。



◇◆◇



 葬式の時。

 子供の、覚えて間もないぐにゃぐにゃの時で書かれた、最期の手紙──遺書を、子供のご家族の方から、受け取った。


 病の影響で、味があまり分からなかったが、彼のお陰で楽しい日々を過ごせたこと。

 病は、徐々に子供の体を蝕むのではなく、ある一定の時を迎えると同時に、急速に子供の命を奪うものであったことが、幸いであったということ。


 何枚、何十枚にも及ぶ、手紙。


 たくさんの思い出と共に、そんな旨のことが、子供の書いた字と共に、書かれていた。


 葬式の念仏が、子供の死を、実感させる。


 彼はそれでも、泣かなかった。

 泣けなかったと、言うべきであろうか。


 手紙の最後には、「たのしいじんせいでした」と、そう書かれていた。


 子供は、その人生に悔いを持っていない。


 だからこそ、彼は、佐藤タケシは、泣くことをやめた。


 念仏が、終わりに近づく。


 そんな時だった。




──ダンジョンが、現れたのは。


 彼は、ダンジョンに、怒りを抱いた。


 今までの人生で、一度たりとも抱くことのなかった、その感情を。



◇◆◇



 焚き火を囲むように、横倒れの樹木。

 その上に座って、彼は、それを口の中に入れる。


 赤黒い、何かを。


「た、タケっち……それ、美味しいのかい?」


 ダンジョンの中のはずなのに、風が吹いている。

 彼の髪の毛をふんわりと持ち上げ、彼は、黒髪の、片方が変な眼をしている男に、顔を向けて──


「──美味しいよ、これ以上、ないほどに」


 目を瞑ったまま、そう答える。


 瞼の奥にいる子供は、やっぱり、困ったような笑みを浮かべていた。



────────────────────

ep51:赤黒い何か


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