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ダンジョン が あらわれた  作者: 黒白のアレ。
ダンジョンマン
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ep49:額の傷跡


 相馬蓮は、プライドの高い人間だ。


 威圧感を醸し出す金髪に、刺々しさを印象づける鋭いつり目。口を開き、笑みを形作れば、牙のような歯が垣間見える。


 基本的に、関わりのない他人に対して排他的な感情を持ち、気の合う仲間内でのみ、心からの笑いを得られる。


 その分、知り合いの数は自然と少なくなるが、本人はそれで満足していた。


 大学二年生。

 御歳、20歳。


 頭はあまり良い訳ではなく、それでも相馬蓮は運動神経や体格に恵まれていた。


 そのため、将来は工事現場等の、力仕事を必要とする仕事に就こうと、ぼんやりながらに将来設計を固め始めていた、そんな時だった──




──ダンジョンがあらわれたのは。



◇◆◇



 それは、大学内で、彼が数少ない親友たちと、談笑をしていた時だった。


 突如として、世界の終わりを告げるような、悍ましくもどこか神秘的な、音とも言い難い、ナニカが鳴り響いた。


 地は揺れ動き、天には、摩訶不思議な何か描かれている。


 周囲の人間たちが発する悲鳴が、妙に、彼の脳裏にこびりついていた。


 どうにも、自然災害とは言い難い、突発的な災害。


 これが普通のものでないと確証を得たのは、彼の目の前……いや、周囲の人間全ての目の前に、青白い、ホログラム状の板が現れた時だった。



───《Status》───


個体名:未設定

種族:???

クラス:■■■


レベル:0


身体能力:■■■

魔力量:■■■

魔力練度:■■■

精神強度:■■■


──────────



 ステータス。

 そう記された光の板に、彼は呆然とすることしか出来なかった。


 一呼吸も満たないうちに、表記は歪み、文字は崩れ、それはバグのように捩じ切れ、掻き消える。


 呆然。

 その時の相馬蓮の感情を言葉にするのであれば、それがもっとも相応しいだろう。


 彼は、呆然とすることしか出来ていなかった。


 周囲が、ざわめきを取り戻していく。


 叫び、嘆き、喚き。

 大勢に流されるがまま、彼と、親友たちは、避難の経路を辿っていた。


 非現実的な状況。

 想像だに出来ない被害。

 遠くにいる家族の安否。


 時間が経つにつれ、彼の心には、不安が募る。


 自分が何か行動を起こす、だなんて。

 彼の思考には、そんなものは存在しない。


 教育の名のもと、常識を刷り込まれた彼らは、どう逃げ、生き延びるかを考える事しか出来なかった。


 数分、或いは、数秒の後。

──ふいに、音が鳴った気がした。


 悲鳴ではない、生き物でも、何でもない。

 世界そのものが、悲鳴を上げるかのような、『音』。


 相馬蓮の視界の端に、何かが映る。


「おい、あれ……」


 何とか、心の中にへばりつく疑心を言葉にした、一言。その呟きは、この非常時では、誰の耳にも届くことはなかった。


 言いようのない何か。

 無理矢理言葉にするのなら、それは、裂け目だった。


 空間の、裂け目。

 その奥には、何も見えない。


 黒く、暗く見える裂け目の奥は、暗くあるはずなのに、暗くない。


 それは、虚空。


 その場の空間自体が引き裂かれるように裂け目を形成して、周囲にいた人間の身体も、引き裂かれて、ねじ曲がって……。


 相馬蓮のこれまでの人生で、見たことも、嗅いだこともない、目の前の遺体。


 肉塊となった彼らも、それを生きたまま見ていた彼女らも、悲鳴すら上げることが出来なかった。


 常識が、崩されてしまう音を幻聴する。


 この時からだった。

 この時から、世界は壊れた。


 相馬蓮の日常も、この日を持ってして、壊れた。



◇◆◇




───《Status》───


個体名:相馬 蓮(あいばれん)

種族:人間

クラス:双剣士

レベル:4


身体能力:23

魔力量:5

魔力練度:8

精神強度:14


【スキル】

《双剣撃》《剣舞》《身体強化》


【数値化不能】

戦闘適性:双剣

先天特性:両利き


─────────



 手の皮膚から、血が滲んでいる。

 廃墟となった一室の中。


 相馬蓮は、追い込まれていた。


(チィッ……! なんでこうなっちまうんだよぉ!)


 相馬蓮は、才能のある方だった。

 生まれつきの両利き故、双剣士というクラスの強みである手数の多さを存分に活かすことができ、スキル《身体強化》と恵まれた体格により、一撃毎の威力が軽減されることもない。


 両手剣による剣撃程の威力を、片手の剣で繰り出す事ができる。


 最強には程遠いが、強者としての素質は確かにあった。


──だがそれは、あくまでも人間に限った話。


 人間とは形そのものが違う未知の生物、魔物相手に、レベル4程度の相馬蓮では、一人で対等に戦うことなど、出来なかった。


 彼の身体が、徐々に傷を増していく。

 流れ出る血液は体温を奪い、動きを鈍化させ、その隙をつくように、魔物たちの殺意が飛んでくる。



 相馬蓮は、プライドの高い人間だ。



 だが。


 だからといって、自分の命が脅かされる状況を、耐え切れるわけではない。


 剣撃を繰り出す度に火花を散らし、鉄片が落ちる。

 力の入らない身体を、無理矢理にでも動かし、本能のまま、剣を振るっていた。


 ふと、目の前を見れば、彼の目の前には、悍ましい牙が、彼へと向けられていて。


 獣の目に、自身の顔が見えるほどに、彼我との距離は縮んでいて──


「ああ、クソッ……」


 薄々、彼自身も気づいていた。

 この魔物たちに勝つことなんて出来ないと。

 自分が生き延びる道は、もう無いのだと。


 そんな諦念を抱いていたことに気がついて。

 本気で生きたいと、もう思えていない自分の心を、見つけてしまった気がして。


 思わず、悪態をついてしまったのだ。



──けれど。


 銃声が、鳴り響いた。


 目の前の魔物が、重力に従って、地面へと落ちている。


 思わず、音の方向へと目を向けると、そこには──




──自分よりも傷だらけで、片腕をダラリと垂らしながらに、銃を構えた男がいた。


 その男は、なんの感情も感じさせない、怖いほどに冷徹な目で相馬蓮を見て……


「……動け。そして手伝え。人手が足りねぇ」


 それは、淡々とした声だった。


 これは、命を救われたからだ、なんて生易しいものではない。


 死の恐怖という、生物であれば何であれ絶対に感じるその感情を、己の意思のみで制御し、目的の為だけに動く、そんな姿を魅せる男に、相馬蓮、これまでの人生で抱いたことのない感情を、抱かざるを得なかった。


 その男、橘に、相馬蓮は──敬意を抱いた。


 目の前まで迫っていた魔物の牙は、相馬蓮の額に傷を残し、地に伏せる。


 銃撃と剣撃の音が、魔物たちの鳴き声と共に、響いていた。



◇◆◇



 大狼が、黒髪の新人に背後から迫っていた。


 新人は気がついたようだが、もう既に、間に合わない位置にまで迫っている。


 軽い、音がした。

 草が風を受けたかのように、後退している。


──瞬間。


 毛も、皮も、肉も骨も。

 獣の命の全てを、切り落とす音が響く。


「おいおい新人ッ!! なまってんじゃねぇかぁ!?」


 相馬蓮は、血の雨をその身に浴びた新人へ向けて、ニヤつきながら、煽り、高笑う。


 風に吹かれ、露わになった額には、傷跡あった。



────────────────────

ep49:額の傷跡


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