ep33:執着。
「いや、そもそもさ……」
ボクの目に、視線を合わせる変人に言葉を吐く。
そもそもの話なのだ。
「これ、何の勧誘なのさ」
──この変人は、さっきからずっと、何についてなのかを一言も喋っていない。
だから、そのことについて聞こうとして──
「──あ、やっぱいいや。それより、キミのお名前を教えてはくれないかい?」
ニンマリと微笑んで、彼を見て、問う。
話し合うにしろ、先ずはお互いの名前を知らないとね!
知りもしない他人からのお話なんて、面白くないのさ。
目の前の変人は、僅かに、頬を引き攣らせていた。
いやはや、悲しいものだね。
フハハッ♪
◇◆◇
「……橘だ」
淡白に、彼、橘はそう名乗る。
どうやら、下の名前は教えてくれないようだ。
「へぇ〜。橘、ね」
耳から入って、頭の中で反芻する。
人の名前なんて、ほとんど覚えたことないけど、大丈夫かな。
覚えてるのは……テオールに、父、母……あれ、漢字なんだっけ。
まぁ、いいや。
……それにしても、橘か。
「いい、名前だね。硬くて……なんだか強そうだ」
なんて、言ってみる。
橘の顔は、特に変わらない。
けれどその目は、ボクの目を、微かに逸れている。
「せっかく名乗ってくれたんだ、ボクも名乗りを上げようか」
「ボクの名前は、愚道戯楽。よろしく頼むよ」
自分の名前を名乗るのなんて、いつぶりだろうか。
そんな状況が、なんだか可笑しくて。
名前を聞いて、特に反応することもない変人も、なんだか面白く感じて。
喉を震わせてしまうよ。
◇◆◇
「それで? えぇと、なんだっけ。あ、そうだ、勧誘だよ! 何の勧誘なんだっけ?」
「……探索隊だ」
ボクの様子を見て、少し呆れたように、橘は短く、そう答えた。
それだけしか、答えない。
「いや、なんの?」
少し、呆れる。
一言、『……探索隊だ』なんて言われてもね、ボクは彼の理解者でもなければ、天才なんてもってのほか、分かるわけもない。
この橘という人間は、さっきから、会話をする気すら無いように思える。
……それとも、ただ余計な事を言わないだけなのか。
どちらにせよ、探索隊、という単語だけではよく分からない。
半目で、ジトーッと、橘を見る。
彼は、なんとなく意図が分かったようで、ようやく話し出した。
「……ダンジョンの、探索隊だ」
「まぁ、魔物の掃討がメインだがな」
「へぇー?」
橘の言葉を、ゆっくりと口の中で転がす。
……魔物の掃討、ねぇ。
「探索隊は何人いるのかな?」
「俺含め、6名だ」
随分と、少ないね。
軍隊、とかでは無さそうだ。
「ボランティアみたいなものかい?」
「違う。公的機関との契約を結んでいる」
「例えば、なんの?」
「ダンジョン内の調査内容、魔物の素材等、色々だ」
なんだ、こんな変人が勧誘する割には、意外としっかりしているじゃないか。
それにしても、6人か。
少数精鋭とか、そんな感じかな?
それで──
「──なんで、ボクを誘うのかな?」
ふと、疑問が浮かぶ。
探索隊。
公的機関との契約。
それなりに、しっかりとした組織らしい。
「まぁ、未成年でもいい、っていうのは分かるさ」
「人手不足なんだろう?」
ダンジョンの出現に、魔物の進出。
そんな事が起こっているんだし、人なんていくら居ても足りないのだろう。
「でもさ、ボクなんかより、もっとマシなのが居るんじゃないのかい?」
少しだけ、首を傾げる。
「キミが言うには、ボク、あんまり強くないんだろう?」
なんて、言ってみる。
橘の目は依然として、ボクを見ていて。
──まるで、ボクではないと駄目だと言わんばかりに、彼の目は、ボクを射抜いていた。
◇◆◇
「……強い奴が欲しいわけじゃねぇ」
ポツリと、彼は呟く。
「使える奴が欲しい。強い奴よりも、だ」
彼はボクを見て、話し出す。
淡々と、事実だけを述べるような、平坦な声だ。
「躊躇いのねぇ奴は、使える」
「判断出来るやつは、使いやすい」
彼は、瞳を一度閉じて、小さくなった瞳孔で、ボクを見つめて──
「──それでいて、危険だ」
ボクの目、だけではない。
ボクの全身を見て、少し細めた目で、彼は言う。
「お前は、放っておくと危険だ。そのうち、誰かを巻き込む」
何の証拠もない、戯言と吐き捨ててもいいのだろう。
けれど、彼はそれを事実として、ただ淡々と述べる。
「……危険な奴は、遠ざけたって意味がねぇ。それよか、手に届く位置に置いとく方が、マシだ」
少しの、間。
昼下がりの空から、陽光が垂れる。
「いざって時に、躊躇わねぇ奴が必要なんだ」
橘の声色には、事実と、ほんの少しの震えが混ざる。
一歩、彼はボクに近づいて。
「判断出来るやつは、生き残る」
また一歩、足を進めて。
少し俯いて、橘はボクを見る。
「……躊躇った奴は、死ぬ」
……なんで、そこまで"ソレ"について話すのか。
勧誘ならば、もっと別の話をすればいいのに、なんて、そんなことを、ぼんやりと。
──ただ、やっぱり、橘の声色は、さっきとは違うように感じた。
…………。
けれど。
だからといって──
「それ、楽しいのかい?」
──ボクが乗る理由には、ならないよね。
◇◆◇
「楽しくねぇ」
──即答だった。
一拍の間もなく。
一瞬の迷いすらない。
橘の声色には、先程のような震えなんて、なかった。
ただ、事実を述べる。
それだけの声だった。
「楽しいかどうか、そんなもんで判断すると──」
小さく、息を吐いて。
橘の顔は、ボクへ向いて。
「……死ぬぞ」
短く、絶対の事実であるかのように、橘は告げる。
その目は、ボクを見ていない。
…………。
「そっかァ……」
なんて、呟いてみる。
ダンジョン探索隊。魔物の掃討。
公的機関との契約もしていて、信用は出来るのだろうね。
おでこに指先を置いて、考える。
魔物との戦いをするのだから、死ぬ可能性だっていくらでもあって、そうじゃなくとも、危険は免れないのだろう。
人手なんて、それこそ圧倒的に足りなくて、未成年であるボクを誘う始末。
現在の隊員も、彼含め6名ときた。
それでいて、楽しくもない。
橘の目は、依然として、ボクの方へ向けられている。
ボクの方も、目を逸らすことなく、そのままに、物思いにふける。
…………。
……ふむ。そうだね。
「ダンジョン探索隊への勧誘、だったかな」
「……あぁ」
「未成年なのも承知の上で、死の危険があり、楽しくもない、そんな活動で、あっているんだね?」
「…………あぁ」
彼は、目を僅かに細める。
ボクは、額に置いた指を退かして、一歩。
……橘の瞳から、ボクの姿が覗く。
また、一歩。
腕を伸ばせば、当たりそうな距離。
そうして、彼の方へ向き、その目を、見合わせて──
「──イヤだね♪」
ニンマリと、ボクはそう、言った。
橘は、また少し息を吐いて。
「……あぁ」
酷く平坦な、声色だった。
◇◆◇
彼が、橘が何を感じて、どんな思いで、ボクを勧誘したのか──
──なんてさ、ボクの知ったことではない。
彼が、ボクに何を見出して、どれ程に使えると判断して、危険で手の届く範囲に置きたい、なんて思おうが、結局、決めるのはボクだ。
ボク自身、なんだよ。
命が脅かされる程に危険で?
それでいて、楽しくもない?
なんで、ボクがそんなとこ、入隊しなくちゃなんないのさ。
危険性がある、だけならまだいいさ。
けど、ダメだ。
『楽しくねぇ』これはダメだ。
明言、なんてされてしまえば、ねぇ。フハハ。
ニンマリとした顔をそのままに、橘へ向けて、口を開く。
「まっ、そういう訳、だからさ。ボクは、楽しくないことをやる気にはなれないんだ」
「……」
橘の様子は、依然として変わらず、俯きがちにボクを見ている。
その目は、たしかにボク自身を映していて、また、話し出す。
「……それでもだ」
小さく息を吐いて。
「お前のような奴が、必要なんだ」
目は、逸らさない。
少しだけ、声が震えている。
「お前が、必要なんだ」
その目は、ボクの目をしっかりと射抜いて。
その声は、先程とは違っていて。
彼にも何か事情があるのだろう、ということをボクに感じさせるのには、十分で。
……でもやっぱ、どうでもいいや。
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ep33:執着。




