閑話:テオール・インサニアの独白。
『ダンジョン』と呼ばれるモノが世界に現れてから、数日後。
空が重々しい雲に覆われ、太陽の見えない、暗雲の立ち込める、そんな日の事だった。
私が、愚道戯楽という人間に出会ったのは。
この人間には、おかしな部分が多々見られた。
痛みに対する異常なまでの耐性。
凡そ人間とは思えないほどの自然治癒力。
──人間という生物の本能をも凌駕する独自の価値観。
後に判明したが、そのうちの2つは、愚道戯楽がダンジョンに入ったことが要因だったようだ。
多くの傷をつけられ、死の淵にまで追い込まれたら、痛みに対する耐性、精神構造に何らかの変化が起きようと、おかしくはないだろう。
ダンジョンという未知の空間に、未知の力が存在して、それが人の体に入り込むことによる肉体の変質も、今のこんな世界では、なんらおかしくはないだろう。
──つまりだ。
この、愚道戯楽という人間は、頭がおかしいのだ。
ある種の突然変異のようなものだと、認識することにした。
◇◇◇
バカではあるが、理解力がない訳では無いようだ。
ポイズンスライムの眼による効果の詳細は、ある程度理解することができた。
ポイズンスライムを捕獲した連中によれば、ポイズンスライムとは、毒を餌にして生きながらえている魔物らしく、毒が可視化出来るのは、その性質によるものなのだろう。
ただ、ポイズンスライムから人間への移植をしたことにより、本来適正のない生物だったためか、毒として認識出来る範囲、というのが広くなったようだ。
常に濁りだらけの視界になるというのは、人間という生物にとって、メリットよりもデメリットの方が大きくなるのだろう。
とはいえ、相手は愚かなクソガキだ。
特に気負いする必要もあるまい。
◇◇◇
〈魔力〉或いは、それに準ずるナニカ。
愚道戯楽は、ダンジョン侵入時に、その違和感を感じとったらしい。
現時点ではある程度意のままに操ることができ、不思議な熱のようなモノ、だと愚道戯楽は言う。
体験談を聞いていくうちに、いくつかの仮説が出てきた。
──他にも、魔力に対する情報を集めていくうちに、ある憶測に辿り着く。
おそらくではあるが、〈魔力〉というモノは、使用者の意思により変化する、物理法則の理から外れた、理外の力なのだ。
夢のような話であることは分かっている。
しかし、これが事実なのであれば、この世の不可解な事実のほとんどが、解明出来るのだ。
突如としてこの世に現れた、『ダンジョン』というモノも、例外ではない。
腕に流し込まれた魔力は、確かに、私自身が未知の一端に触れたのだと、実感させた。
◇◇◇
確認された凡そ全てのダンジョンから、魔物の進出が始まった。
とはいえ、これは予測の範疇に過ぎない。
特に驚くことはなかった。
建物の構造的に、時期にこの場所が埋まることは、理解できている。
最低限の物だけしまい、逃げ出す──が、そんな時、崩落が起きた。
激痛が、左足から響く。
まだ完全には潰れきっていない証拠だろう。
しかしこの状況は、非常に危険だ。
動くことすらもままならない。
ここにきて、クソガキの悪癖が働いた。
この愚か者は、楽しいか楽しくないか以外に、判断基準を持ち合わせていない。
だから、楽しくせざるを得なくなってしまった訳だ。
……そんな状況に、私自身、心が蠢いていたことは、否定できない。
◇◇◇
テオール・インサニア。
この名を明かすのは、いつ以来だっただろうか。
だが、悔いがある訳では無い。
あの時、あの瞬間では、私の正体を明かすのが、一番だったのだろうから。
あのクソガキは、間違いなくバカだ。バカのはずなのだ。
けれど、微動だにせず私を見つめるあの目には、何かの確信があった。
私が身分を隠していることに対してだったのか、私ですら、理解しきることは出来ない。
出来なかったのだ。
そしてそんな存在がいる事に、その事実に高揚している自分がいる事には、気づいている。
あの笑い声が、心の底から楽しんでいる声が、頭の中に、こびりついて離れない。
理解不能だ。
だが。
愚道戯楽。
奴は間違いなく、狂っている。
……だからこそ、価値がある。
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閑話:テオール・インサニアの独白。




