ep29:穴の空いた盾
魔物達の死体が、散らばっている。
よく見ると無数の切り傷が付いている。
「うん、弱いものだね」
魔物も、この糸も。
いくら魔力を一点に集めたとて、結局は魔力に過ぎないらしい。
ワイヤーよりも弱いか、それくらいだ。
そしてそれによって切り傷をつけられ、果てには死んでしまう魔物達も、弱い。
赤い金属の輝きを思い出した。
「あ〜あ、汚れてしまったよ。汚いなぁ」
水溜まりに足を突っ込んだような、ぐじゅぐじゅした気色の悪い感覚。
しかもさっきまで生きていた魔物の血液だから、生暖かくて余計に怖気が増す。
足元にいた死体を足蹴に、歩き出す。
ぴちゃぴちゃと、血溜まりの音がこの空間に満ちる。
安堵したような、困惑しているかのような息遣いが、聞こえた。
──視線を、そちらへ向ける。
見れば、抱き合っている二人の子供。
片方は男で、もう片方が女だ。
見た目的には、少年少女と言ったところか。
……脚が震えていて、靴はボロボロ。
少女の方に至っては、目尻に涙を浮かべていた。
彼らの様相は、それだけで、ずっと魔物達から逃げていたのだろうということが理解できる。
…………。
魔物相手に背を向けて少女を抱きしめている少年、か。
つまり、これはあれかな。
自分の命も危ない状況で、それでも尚、少女を守ろうとしていたのか。
……面白いじゃないか。
頬の筋肉が、和らいでいくのがわかる。
口元をやんわりと持ち上げて
「大丈夫かい?」
そう、声をかけた。
少年少女の目は、惚けたように、ただ、ボクの顔を反射していた。
◇◆◇
「助けて、くれたんですか……?」
震えた声で、少年が尋ねてくる。
余程魔物達が怖かったのだろう。
その目は、警戒心で満ち溢れている。
可哀想なものだね。
こんな世界じゃ、こんな子供も出来るのか。
……あぁ、涙が出てきてしまいそうだ。
「そうだね。キミ達は助かったんだよ。良かったね」
安心させるように、心から漏れてくる言葉を、穏やかに告げる。
すると、彼らは力が抜けたかのように、ヘタリと、血の滲んだ地面へ尻もちをついた。
「キミ達のお母さんらしき人が、キミ達を必死に探していたよ。ハハッ、今にも飛び出してしまいそうだったかな」
彼らの目には、安堵、安心、感謝、喜びといったものが、浮かび上がっていた。
……分かりやすいものだ。
端的に彼らの状況を伝えると、少年は何かを言おうと、口を開いて、少し悩むように閉じて。
何を悩んでいるのか、なんて興味は無いが、開くのを待ってみた。
「……あのっ、ありがとう、ございます。助けてくれて。ほ、ほらっ」
少女より少しばかり背の高い少年は、心から感謝している、と言わんばかりに、地面へ手を付いて前のめりになり、感謝を述べる。
そして、隣にいる少女へと、促す。
「あり、がとう……お兄ちゃんを、助けてくれて」
心ここに在らず、といった様子の少女は、促されるままに、感謝の言葉を発する。
……まぁ、仕方のないことなのかな。
見た目的には、小学生高学年くらいの少女。
それが、いきなり魔物に命を狙われたのだ。
……無理もないだろう。
──気になったことを、聞いてみる。
「キミは、あの時その子を守ろうとしていたね?」
穏やかに、微笑みを添えて、少年へ問いかける。
どうして自分を犠牲にしてまでその少女を守ろうとしたのか。
ボクには、それが楽しい選択だとは思えなかった。
……まぁ、要するに、ただの興味に過ぎない。
少年は、不思議そうな顔をして答える。
「は、はい……」
「……なんで、助けようとしたのかな?」
ゆっくりと、宥めるように問いかける。
すると、彼は少し照れたように顔を赤くして、視線を右往左往させ、少しの間を置いて。
「──妹、だからです。俺は、この子の兄だから。この子は、まだ弱いから、守らないといけない、からです……」
語尾にいくにつれ声を小さくして、彼は、ボクに答えてくれた。
「すごいね! キミは褒められるべき人間だよ! いやぁ、ボクにはそんなこと、出来そうもないや」
『……妹だから。守らないといけないから、ね』
理由にもなっていない理由を話す少年の目は、至極真っ直ぐだった。
……なんて、心優しい少年なんだろうか。
妹を守る為、己の命すらも賭けて守ろうとする守護の意志……いや、覚悟とでも言うのかな。
「それと……キミは、良い兄を持ったね」
少女へ向けて、そう笑いかける。
彼女の手は、ずっと兄の手だけを、強く、握り締めていた。それだけが、信用できる存在なのだと、そう誇示しているようにも見える。
…………。
素敵な兄妹愛だと、そう感じた。
──口元が、緩む。
◆◆◆
「……キミは、妹を守る為ならば、命だってかけることが出来る、のかな?」
「この子を守る為なら、俺は、何でも賭けます」
「そう……」
真っ直ぐで、覚悟が確立された、青色の目。
ボクの目を一直線に射抜いて、迷いもない。
兄妹の絆、みたいなものだろうか。
あるいは、ある種の依存のような……。
緩く、微笑んで
「でも、さっきキミ、諦めてなかったっけ?」
「──ぇ?」
ちょっと、不思議に思ったんだ。
そう、これは純粋無垢なボクの心からポロリと漏れ落ちた、ただの純粋な疑問さ。
「よくよく考えてみれば、抱き着いて背中を向けたのも、妹ちゃん? に縋りついていたのかもしれないよねっ!」
「いやっ、違っ……」
──なんて言ってみるけど、正直これはどうでも良かった。
……ボクは、気になるんだ。
幼いながらに、強固に固められた兄妹の絆。
それは、兄が妹を守り、妹が兄に守られる、そんな構造の関係性だ。
……よく、物語とかで見たことがある。
邪悪な敵にやられ、守るべき存在であった妹を喪い、復讐の為だけに生きる、そんな存在になる人間を。
──妹の、依存のようにも見えた、兄への行動。
物語よりも、ボクはさらに上の、とんでもなく面白く、濃密で、楽しくなって欲しいと、そう思ってしまう。
……あぁ、妹だ。
眼をギョロリと動かして、妹を捉える。
ボクの視線に気づいたのか、震えた手で兄の手を握り締めている。
表情には、怯えと……あァ、兄を愚弄されたのが分かっていたのか。憎悪の色が見えた。
──口端が、捻れていく。
素晴らしき兄妹愛。
それは、とても面白い。最高だ。
ただ……否。
だからこそ、だねェ。
足が、一歩、また一歩と、進み行く。
兄、ではダメだ。
それでは、まだ少し、最高に欠けてしまう。
妹だ。妹がいい。妹の方がいい。ずっと面白くなる。
兄じゃない。兄では足りない。──妹だ。
兄への依存、それがいい。とても素晴らしいよ。
それが使える。それを使おうか。きっとそれが一番だ。
一歩、一歩。血が、音を立てて跳ねる。
この空間には、それだけ。
「──ふはっ、フハハァ♪」
口が割れるように。
昂る感情が魔力を揺らす。
「決ーめたッ。キミだ、キミにするよォ……キミにしてみるよォ! 妹、ちゃんッ♪」
「──ッ、や゛めろオオオオオ!!!」
少女の方へ、一直線に。
それを、少年が防ぐように、塞ぐように前へ飛び出して──
──グサッ
「あれェ?」
少年が、刺さっている。
「お兄、ちゃん……?」
「……グ、ふっ」
「アハッ!」
短刀が、少年に沈んでいる。
「あーあ、防がれちゃった☆」
──フハハッ
ボクを睨みつける少年くんの目は、炎のように揺らいでいた。
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ep29:穴の空いた盾




