ep28:救世主
薄暗い、瓦礫の中。
その先は、行き止まりだった。
獣たちは、舌をダラリと垂らし、湿った息を吐き出しながら、唸り声を挙げている。
──兄妹は、追い詰められていた。
脚の筋肉は痙攣し、まともに踏み出すことすら出来ない。守ると決めた妹の足は、断裂を起こしている。
兄妹の身体は、無数の傷と灰色の汚れにまみれ、その顔は、見てわかる程にやつれていた。
どれだけの時間、走り続けていたのか。
兄妹の姿を見れば、察する事も容易だろう。
──少女は、分からなかった。
なんでこうなったのか。どうしてこんな目に合わなければならないのか。
少女はただ、自身の手を引いてくれる兄に、着いて行った。
──兄は、諦められなかった。
何故こうなったのか、それは分からなかったが、それでも守らなければならない存在がいた。
少年はただ、守りたい者の手を引いて、その心をも、守ろうと努めた。
──けれど、先は行き止まり。
少年の心の底には、諦念が芽生え始める。
目の前が、真っ暗になる。
視界の端に映る妹の姿が、諦めを洗い流そうとして、それでも諦めは強くこびりついていて。
血にまみれた魔物の牙が覗く度に、黒い感情が溢れて、止まらない。
妹は、膝をついて目尻に涙を貯めている。
少年は、その姿を見て、震えを、無理やりにでも止めた。
魔物が、走り出す。
足を大きく上げて、餌を前にした犬のように。
あぁ、もうダメなんだ。
少年は、その事実を理解してしまった。
理解して、それでも妹を守る。
牙を剥き出しにした獣を前に、動くこともままならない妹を抱き締め、魔物に背を向ける。
少年の目は、諦めと覚悟に満ちていた。
湿った息が少年の耳元まで届いた──
──その瞬間。
上から、何かが落ちてきた。
一瞬のうちにそれは魔物へと落ちて、鈍く湿った音が響いた。
地面が砕けるような音と共に、土煙が、立ち上る。
◇◆◇
土煙が、晴れていく。
音が徐々に収まっていき──やがて、視界が晴れる。
気づけば、少年の足元には血が滲んでいた。
目の前には、口を開けたまま頭を貫かれている、一匹の獣。
少年は、それが先程まで自分達を喰らい尽くそうとしていた生き物であったことに、気づいた。
貫いているのは、誰かの脚。
兄妹は自然と、自分達を助けてくれたのであろう人物へと、目を向ける。
土煙が消えていき、その顔が、映る。
ソレは、兄妹を見て、口元を歪めて──
「やァ。どうやら助けってやつが、来てしまったみたいだね」
「フハハ」
──そう言い放った。
片方だけが異様な目をした、自分達よりも背の高い、人間だ。
人間、そう認識したはずなのに、ソレの笑顔に、これまでに感じたことの無い悍ましさを、少年は感じる。
少女を抱き締める力が、強まる。
──糸が、舞う。
◇◆◇
それが感嘆なのか、安堵なのかは分からない。
気づいたら、息が漏れていた。
何本もの糸が、縦横無尽に駆け巡り、周囲を囲んでいた魔物達を、切り裂いていく。
助けに来た、と言った人間は、ゆっくり歩くような速度で、踊るように戦い、魔物達の攻撃を、ゆるりと避け続けている。
糸が消えたと思えば、魔物達の身体には小さな傷が増えて、その繰り返し。
その様を、兄妹は見惚れるように、されど握った手だけは強く握り締めたまま、見ていた。
数分も経たないうちだったのだろう。
少年が気づいた頃には、魔物はもう、物言わぬ骸となり、先程のような恐ろしい気配は、なかった。
糸使いの彼は、頬についた血を拭いながら、兄妹の方を見る。
唐突に終わりを迎えた状況。
忽然と現れた、兄妹の命を救った人間。
兄妹は、まるで時が止まったかのように、錯覚する。
顎を伝い、流れ落ちた水の粒に、少年は気づかない。
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ep28:救世主




