ep15:不可逆
遠くで、民衆の声が、生物の鳴き声が、鳴っている。
地響きが鳴り、建物の倒壊する音が聞こえた。
デバイスで投影された映像を見て、口端が釣り上がる。
「フハッ、フハハハ♪ いいな、いいねぇ、楽しそうだ。なんて、面白い世界なんだ!」
昂る感情に呼応するように、〈魔力〉がぐにゃぐにゃと変形し、吹き荒れる。
それは風をも巻き込んで、圧をましていき、床、壁、天井へと立ち上る。
ポロポロと、何かの破片が頭へと落ちてきた。
……うん。
逃げよ。
◇◆◇
「これとか貰ってくけど、いいかな?」
「良い。どうせ直ぐにここは埋まる。ある程度好きに持って行って構わん」
なんだか面白そうな形の部品とかを、掻っ攫っていく。正直、許可とか取る前に盗っていた。
遠目で、部屋の隙間から老害の姿を見る。
それにしても、よくこの状況で冷静にいられるものだ。
今のところ、焦る様子は見えない。
瓦礫が落ちてくるというのに、老害は、まるで実験でも眺めているかのように周囲を見ていた。
…………。
地響きが、強くなる。
魔物達の鳴き声が、近くなる。
魔物たちの地団駄が、ここまで響いていく。
「ねぇ、そろそろ──あっ」
罅が、決壊した。
パキ、と乾いた音。
次の瞬間、天井が一斉に崩れ落ちる。
石片が空気を裂き、粉塵が舞う。
咄嗟に、頭上の瓦礫を避けた。
この前感じていた、スローモーションの世界で、ぼんやりと、考える。
……この前の一件からだ、やっぱり、少しだけ身体能力が高くなって──
「──グフッ」
飛び避けて、床に落ちた瓦礫が足にぶつかり、そして転ぶ。一気に、世界が引き戻される。
痛い、変な声出た。
……上手くいかないものだ。
◇◆◇
……赤いシミが、ゆっくりと広がる。
頭上からは、破片がポロポロと、降り注ぐ。
早く、逃げなければならない。
目の前に漂う黒い濁りは、色を増していた。
視界の中の老害は、降ってきたのであろう大きな瓦礫に、足を痛めている。
膝から下の部分は、瓦礫によって覆い隠されていた。
「……」
「……」
うるさいはずなのに、この場所だけが、世界から遮断されたかのように、静かだ。
穴の空いた天井からは、微かな陽光が差している。
地面には、老いた人間の影だけが、伸びていた。
片方は異様な眼。
もう片方は、瞳の色すらも見えない、糸目。
視線だけが交差して、逡巡する。
…………。
「……じゃあね、クソジジィ。使えないおもちゃに興味は無いんだ」
口元から、感情が消えていく。
それに比例するかの如く、心が、冷気を帯びる。
目線の先には、まだ見ぬ光景、
未知であふれた、楽しそうな世界だけ。
燃えカスには、火がつかない。
焦げた肉は、生の肉にはならない。
だから、白くなったソレに、もう興味はない。
つまらない。そんなモノ、いらない。
視線を、出口へ向ける。
そうして、歩を進め──
「──まぁ、待て。クソガキ」
年増のニヤケた声が、ただそれだけが、耳に入った。
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ep15:不可逆




