表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/32

光すら凍る世界と希望の君

 気がつけば、腰に下げた『六花』の持ち手を握っていた。


 直感という名の無意識が身体を跳ばす。


 前へ!


 相手は、まだ、お辞儀の最中。憎たらしい程、鈍い動作ね。


 正々堂々、名乗り合う?


 距離は、もう無い。目の前に、迂闊うかつな奴がいる。それが、この惨状を引き起こしたと確信できた。


 だから、剣を鞘から抜き、胴へ一閃。


 避けても遅い。


 さらに前へ。


 そして、剣を返すようにして振る。


 そのままなら、届いていた。


 そのままなら……。


 あたしの方へ、腕が伸びてきて抵抗をする。無視すべきと理性は叫ぶ。それでも、振るう剣は、軌道を変えてしまう。


 触れられるのはイヤ!


 嫌悪感が全てを上回った瞬間。身体は、後方へ跳び、退いていた。


 そして、先ほどの感情は、自身に向けられ唇をかむ。


 目の前の彼が表情を変えた。


 その微笑みは、柔和にゅうわとは程遠い。冷酷や残忍の色もない、純粋な嘲笑ちょうしょうだった。


 獣の気配がする。それは、獰猛どうもうで、とても腹をすかしている。そんな感じ……。


 それらが一気に動き出した。


 彼らの身体を壊さぬよう、表面だけでも凍らせて……。


「無駄です。我が輩と、その眷族けんぞくに、その程度の氷結は通じぬ」

 遠くから聞こえる声。


 その言葉とは裏腹に、獣と化したゾンビに降りた霜は、生気のない肌を覆い、氷となって動きを止めた。


 その静寂は、一瞬。無数の亀裂が入り、直ぐに砕け散る。


 全ては、何も変わらない。


 全方位、同時に襲い掛かってきた。


「芯まで凍らせなさい」

 余計な声。


 そんなことしたら、この()()達の身体が粉々になっちゃうでしょ!


 動きの鈍い人を見つけ、そこを、肩で押すようにして包囲を抜ける。その際、身体を爪で引っかかれた。


 この手数は避けきれない。

 そして、次々と襲ってくる。


 大勢の獣。


「腕を斬り落としなさい」

 うるさい!


 避けられない一撃、あえて受け、その勢いを利用して跳ぶ。


 痛いとは思わない。


 攻撃は延々と続く。

 死体のように生気のない人々。


「胴を斬り裂きなさい。動きが止まる」


 噛みつこうと向かってくる者。

 鋭い爪を振り回す者も多い。


 避けて、それが出来ぬなら、受ける。


 掴みかかってきたら、手で払いのけた。


 多い、多いなあと思う。


 理性なく、ただただ凶暴になってしまった、かつての村人。本当に、可哀想な人たち。


 だから、絶対に助けたい。

 そう、絶対に助ける!


 痛くないし、怖くない!

 諦めるのは、絶対にイヤ!!


「胴を斬り裂きなさい。動きが止まります」


 遠く、遠く、群衆の奥から声が聞こえる。


「臆病者! 不死なら正々堂々と戦いなさい!」

 あたしは叫んでいた。


 攻撃が止んだ。

 汗で濡れた前髪が邪魔なので、手でかき上げた。


 肩で息を整えていると、群衆が、一筋に割れ、道が出来る。


 遠くから、あれが歩いて来た。


「我が輩が、臆病とは心外です。それは貴女あなただ」


 あら? あたしの言葉が挑発になってた?

 なら、好都合ね……。


 ゆっくりと歩いて来るのも都合がいい。


「人を殺せる程度の度胸はあるとの報告でしたが、そうでも無いらしい」


 今は、ただ集中。

 間合いに入った時、その機会を逃すな!


 準備を整えろ!

 ちゃんと動けるようになれ!


「たかが一人、二人、それも無価値な見ず知らずの、さらに動くだけの死体すら、斬れないなんて、我が輩は、失望をしました。氷の姫君、クラリス」


 たかが一人、二人……。

 その一人が、誰かにとって、全てかも知れないのよ!


 無価値なんかじゃない。

 死体でも、親しい人なら……、ましてや、それが動いたら、誰だって、まだ生きてると思う。


 まだ我慢。

 間合いの外、剣は決して届かない。


 鞘に収まった『六花』を握る手に、もう違和感はない。


 その時に、身体はきっと、ちゃんと動く。

 速く、鋭く、決して逃しはしまい。


「もう、熟すまで待つ必要は無いですね」


 あと少し。


「我が輩は、不死」


 もう一歩。


「さあ、絶望を知りなさい」


 一閃。


 胴を斬り裂いた。


 そのまま斬撃を繰り返す。四肢を斬り落とし、首をはねる。細切れに、どんな不死でも蘇れないと納得できるまで、感情のまま斬り刻む。


 その感情は怒り。

 許さないという決意。


 変化は直ぐに起きた。


 そんな……、あれを殺したら、みんなが本当に死んじゃう?


 あたしは、なんて馬鹿だ。生き返らせる方法は、他力本願のスキルで、みんなを頼って、願いを叶えればいいと考えていた。


 名も知らぬ、一人の村人が倒れた。

 また一人、また一人と……。


 取り返しがつかなくなっちゃう……。


 其々の肉体が溶け、一つの塊へと融合していく。

 それは、五、六人の肉体の集合体。


 あとは、整然と立っていた。


 膝をついたまま、肉塊の変化を見つめる。

 やがて人の形を成し、不死王は、蘇った。


 タキシードに蝶ネクタイ、憎たらしい程、整った顔。


貴女あなたは酷いひとだ。復活するのに、七人の命を使いました」


 七人の命……。


「我が輩は、唯一無二の存在。永遠にして、孤高。死を超越した神」


 命を使った……。


「膝をつき、涙を流しながらの謝罪」


 ああ、命を使ったと言ったわね。


「その態度に免じて、最後まで殺さず、四肢をもぎ取り、はらわたを食らい、脳をすすって上げましょう」


 恐怖はない。

 あたしには希望がある。


 熱を下げる魔法が得意。氷属性ともいう。

 氷の姫君の二つ名は、それが群を抜いているから。


 熱の上げ下げは、其々、魔力の流し方が違う。

 高熱にするなら魔力を流し込み、極寒は、魔力をうばう。


 マーリン先生は、物質の核を揺らせば、熱は上がり、その逆が、下げると説いた。要するに、熱とは物質のあり様。


 あたしは奪い、全てを拘束する。


 不死王は、さっきから僅かにしか動いていない。


 時間とは物質の運動量を測る定規。

 絶対零度をマーリン先生は、教えてくれた。

 でも、それは、世界のどこにも存在しないとも言っていた。


 光ですら拘束され、限りなく時間が止まる世界。

 さらにその先へ。絶対零度の向こう側。


 光すら動けない、闇の世界。時の凍った空間。


 あたしが魔力を解放し、ちっぽけな命を捧げれば、そこへ。


 死にたくはない。若くして死ぬバッドエンドなんて、絶対にイヤ!


 でも、大勢の人が、目の前で死んで、誰かが不幸になるのはもっとイヤ。


 そんなの絶対にイヤ!


 だから、あたし、命を捧げます。


 だって、不死王は、命を使ったと言った。

 それは、村人たちは、死体ではなく生きているということ。心臓が止まっているだけで、命は、ちゃんとそこにあるんだわ。


 全てが凍ると、時間が止まり、静寂と闇が支配した。


 困ったことに、あたしも動けない。

 当然ね。大気も凍っているのだから……。


 でも魂は、物質でないと知った。心は思い馳せることが出来た。一途に、希望が叶うことを願う。


 光が闇を照らす。


 もっと早く来てよ。


 それは、あたしがずっと他力本願をしている相手。


 もっと、もっと、早く来てほしい。

 彼が、不死王を斬る。


 剣神の加護、その炎が、邪悪を燃やす。


 凄いなあ、あたしと真逆の力。奪うではなく、与える。物質の核を鼓舞して、高熱を発する力。


 光すら動けず、時間すら凍る、絶対零度を超えた深淵を照らす光。


 あたしの希望。


「もっと早く、来なさい」


 彼が駆け寄って来る。


 もっと堂々と、胸を張ってほしい。

 みんな、あなたが救ったのよ!


 そんな顔をしちゃダメ。

 笑いなさい。


 時間が動き出す。

 唯一無二の不死王を除き、その他の全ては世界に戻る。


 不死王の時間は凍ったまま、永遠にして孤高。死を超越した神に、彼は至ったらしい。


 あら、でもきっと彼は、それを知ることないかしら……。それも、自業自得ね。


「クラリス、大丈夫か?」

 ランスロットの顔を見たら、気が抜けてホッとした。


 死んでしまった七人を思い出す。

「ごめんなさい」

「君が力を使ったのは、僕のせいだ」

 違うわ。

 いつだって、あなたは、ちゃんとしてる。


「七人が犠牲になっちゃった。ごめんなさい」

 彼の胸に顔を埋める。革の鎧は、汗臭く、頬を伝わってきた雫は塩味がした。


「君は、いつだって、ちゃんとしてる」

 そう彼は、慰めてくれると、背中をポンポンと叩く。


 いろいろと思い出してしまう。あたしを食べようとしていた不死王。時間が止まらなかったら……、その恐怖。そして、犠牲になった人たちへの罪悪感。感情が爆発する。


 身体が痛い……。


「誰かに、手当をしてもらおう」

「いやよ。このままがいいわ」


 しばらくすれば、みんなが来るわ。

 そう思うの。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ