真夏のダイヤモンドダスト
視覚を奪われると身体が硬くなっちゃうのね。
全力疾走には、程遠い。自分の感覚を信じきれないなんて……。
それでも、セバス爺は、もう遠い。
引き離すことは出来たと思う。
多分というか確信だけど、あたしは道の真ん中にいる。そこを、外れて、木々の間を抜けていくのは、やっぱり、怖い。
視界では捉えられない人のような物の気配。
それは、もう、あたしの間合いの内にいる。
『六花』の持ち手を握る? いいえ、その必要はないわ。
視界が、姿を捉えた。向かってきた腕を、後方にステップして、難なくかわす。
相手は、唸り声を発し、大きく口を開くと、勢いを増した。
まるで、ゾンビね。
今度は、こっちも距離を詰める。
感情があれば、動揺ぐらい誘えるかしら?
鈍い動き、でも力はありそう。
右から、迫り来る二の腕を跳ね上げた。そして、その下をくぐる。そのまま、脇に回り込み、その背後を取る形。
服装からして、村人ね……。
一旦、そこから離脱。さらに、村の中心に向け、一歩前へ足を出す。
二体目との遭遇は近い。だから、次の一歩は力強く。そして、推進力を一気に上げる。
背中では、一体目があたしを狙って、再び動き出す。
それを置き去りして、次の懐へ入る、その手前でジャンプ。彼? 彼女? の頭に手を置き、二体目を超える。
とにかく村の中心部を目指さなきゃ。
村に入ると状況は楽になる。
屋根の上までは、追って来れないみたいね。
意識を足下から屋根全体へ、そこからずっと広く、遠くまで、地面を這い、建物を捉え、全体の輪郭を掴む。
流れ込んでくる情報量が多い。それは我慢して、一気に空間を掌握した。
町の中心、そこの広場に、異質な存在。
「調べなきゃ、だよね」
感覚の精度は増した。
目を閉じれば、鮮やかな風景が再現される。そこに住む人々の営みですら容易に想像できた。
獣のように凶暴に、それでいてゾンビみたいに生気なく彷徨う村人たち。その人たちの普段ですら……。
髪をさわる。霧のせいで、そこはしっとりと濡れていた。
余計なことは、全てが終わってから考えなきゃ。
広場はすぐそこ。そこの異質も、どうやら、あたしに会いたがっているようだ。
屋根から高い放物線を描くようにして、飛び降りる。
出来るだけ距離を稼ぐ。着地を狙われても……、大丈夫。
大地に足を置いた。誰も襲ってくる気配はない。
想像より静か……。
全然、可愛くないっ!
ちょっとは、慌てなさいっ!
掌握した空間に魔力を走らせる。ほんの少し、それだけで世界は応えてくれる。
きっかけは伝播し、それぞれが呼応しだす。大気に漂う水分は、その姿を変えた。全ては、一瞬。そして、刹那の出来事。
漂う霧が凍りつく。
夜霧は、氷霧に姿を変え、わずかな光を反射してキラキラと輝いた。
真夏のダイヤモンドダスト。
「一瞬で全てとは、お見事」
馬鹿にしないで!
これだけの氷があれば、千を越す凍てつく刃だって容易に現出できるのよっ!
「ねぇ、村人たちに、何をしたの?」
「何ごとも、あいさつが先であります」
氷の刃が砕け散った。
氷霧が細かく霧散する。霧が晴れ、視界が開ける。
「我が輩の名は、不死王。次の新世界に野望を抱く、美食家であります」
タキシードに蝶ネクタイ、紳士姿の男性は、頭にかぶったシルクハットを取り、深々とお辞儀をした。




