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ルシオとリニと父とファナ



リニの大きな空色の瞳に、見慣れた顔が映る。



艶のある黒髪、優しさにあふれる榛色の瞳。

そして、顔のひどい傷跡。



「…ウィル…⁉」


リニが驚きの声を上げた。



「…えっ…、ど、どうしてあなたがここにいるの?私、父さんに無理やり連れて来られて、それで…東の国へ帰れるって聞いて私、ここで…。

ねえ、ウィル…?あなたどうしてそんな格好しているの?あなた…本当にウィルなの?」


リニが怪訝な表情で、夫をじろじろと見つめている。



いつもは前髪を下ろしているのに、目の前の彼は髪をなで上げているのだ。

けれどそのおかげで、顔の傷跡がより一層目立って見えた。


更に彼は、着ているものも王族のように立派だった。


まるで別人のようなウィルの姿に、リニは言葉を失っていた。





「リニ。今まで君を騙すような形になってしまい、本当にすまなかった」


彼は静かにそう言った。




「…え?何を言っているの?騙すって…何?何の事?ね、ねえ、あなたは誰なの?」

 

わけが分からなくなって、リニはますます混乱した様子だった。



「黙っていて申し訳無かった。

私は東の国の国王なのです。ある時、あなたの父上から頼まれたのです。

“どうか、娘の傲慢で、ひん曲がって捻くれたどうしようもない根性と性格を叩き直してくれ”と。だから私は貧しい格好で、あなたの前に現れた。物の大切さと、働く事の大切さを教えるために」



彼のその言葉に、途端にリニの表情が険しくなった。


「…傲慢でひん曲がって捻くれた…。そこまではっきり言う?

で、でもどうして父さんがあなたに?

それに父さんから頼まれたからって、そのためだけにあなたは私と夫婦として暮らしていたってわけ?

…それじゃ、ウィルは仕方なく私と一緒にいたっていうの⁉…そんな、…そんなのひどいわ…!あなたと一緒に暮らして、私、とても楽しかったのに!それに…それに…!」




あなたの事が大好きだったのに…!



リニはウィルに裏切られたような気がして、喚いて取り乱した。



すると、彼はなだめるようにリニの肩を優しく掴んで、首を横に振った。



「違うんだ。聞いてくれ。それは違うんだよ。両親が亡くなって、僕が14歳で王に即位したとき、すぐにでも君を妻に娶るつもりだったんだ。…けれど、君の父上に“まだ娘は嫁にはやらん!”って言われてしまって。

でも、これだけは信じてくれ。僕は仕方なく君と過ごしていたわけでは無いんだ」


静かにそう語る彼に、リニはまだ不信な表情を見せている。


「でも!それならウィルって名前もどうせ嘘だったんでしょ⁉何も偽名まで使わなくたっていいじゃない!」


そう叫んだときだった。




「いや、決して偽名を使っていたわけではないぞ。

彼の名前はルシオ=ウィリアム=ヴァレットだからな」


リニの父が、柱に寄りかかりながらそう言ったのだった。



「と、父さん。いつの間に…」


リニは目を丸くして父を見つめた。



ウィルというのはウィリアムの愛称だ。



そして父が腕組みをしながら再び続ける。


「私がルシオ君に頼み込んだのだよ。貧しい格好をして、リニと夫婦として庶民の暮らしをしてくれと。いかにお前が恵まれていて、世間知らずで苦労知らずなのかを身を持って経験させるために、彼は自身の城でお前を働かせてくれていたのだ。ルシオ君は本当によくやってくれた。お前とあの森の中の家で暮らすために、料理や洗濯、掃除、全ての家事を文句のひとつも言わず、覚えてくれたのだからな」



「けれどとても楽しかったし、いい経験になったんだ。ささやかだったけれど、リニと二人で支え合いながら暮らした日々は僕の良い思い出だよ。君に職業を訊かれたときは、まだ素性を明かすわけにはいかなかったから咄嗟に嘘をついてしまう事になってしまったけれど」


そう言って、ウィルはいつものように優しく微笑む。



「そんな…。あなたが王様だったなんて…。全然気が付かなかった。あ、そっか、だから踊るのも上手だったのね。…でも、どうして私の事を前から知ってたの?」


少し落ち着いた様子でリニはそう訊ねた。

 


「僕達、実は幼い頃から知り合っていたんだよ。よく一緒に遊んだんだ。その時から僕はリニに惹かれていたんだ。同じ王族なのに、周りを気にすることなく自由に振る舞う裏表のない君を見て、とても羨ましいと思った。お姫様なのに、なんて気ままで活発なんだろうって。僕はそんなふうにはなれなかったから、ただ羨ましかったんだ。

だから、僕はすぐに君に恋をしたんだ」  

 

穏やかにそう話す彼を見て、リニは顔が熱くなっていく事に気が付いたのだった。


  

そんな娘を見て、父王はリニに問いかけた。 


「お前は子供の頃、彼と会っていたのを本当に覚えていないのか?」



その言葉に、すぐにリニは首を横に振った。


「覚えてないわよ。そんな大昔のことなんて」



すると、父は呆れたように深いため息をつくのだった。


「…全く、お前の都合が悪い時の忘却力は素晴らしいものだな。私は、ルシオ君の亡くなった父上とは昔から親友同士でな。それで、幼かったお前を連れてよく東の国へ遊びに行っていたんだ。そこで、ある日お前は彼に止められたのにもかかわらず厨房へと入って行き、そこで遊び暴れて煮え湯の入った鍋を倒したんだ。そしてお前を庇った彼は、消えることの無いひどい火傷を負ってしまったんだ。それなのにお前という奴は、覚えていないだと?彼には謝っても謝りきれないというのに」


父の話を聞いて、リニの顔がみるみるうちに青ざめていくのが分かった。



「…嘘でしょ…?私が…?ウィルを…?」




あのひどい傷跡は自分がつけたものだった…?


それなのに、最初に彼に会ったとき、とても傷付けるような反応をしてしまった事を思い出した。


その時の、彼の悲しそうに笑った顔が鮮明に甦る。


ああ、自分はどこまで馬鹿なんだろう。


彼から一度だってひどい事をされたり、ひどい言葉を投げつけられたことなんて無かったのに、それなのに自分は…。



リニの手がひどく震えていた。



「…あ、あの…ごめんなさい。本当に…。いくら謝っても許されない事をしたのは分かっています。…ば、罰なら何でも受ける覚悟はできています。…その、本当に、あの、ご、ごめんなさい…」


震えた唇からはうまく言葉が出てこない。

だって、生まれてから今まで一度も、心から本気で人に謝ったことなど無いのだから。




すると、ウィルは優しい口調でこう言った。


「いいんだよ。気にしないで。あの時、リニが怪我をしなくて本当に良かったと思っているんだ。それに、君を守れたんだ。少しも後悔はしていないよ。

…ああ、でも……やっぱり、責任は取ってもらおうかな」


彼の言葉に、リニは更にひどく動揺した。



「せっ、責任って…。わ、私…どうすれば…」


リニが青ざめながら取り乱していると、ウィルは跪いてこう言った。



「リニ王女様。私はあなたを心から深く愛しています。どうか正式に私の妻となり、王妃となり、人生を共に歩んで頂けますか?」



突然の彼からの求婚に、リニは驚いて目を見開いた。

あんぐりと口も開いている。



「でも…。わ、私なんてあなたには釣り合わないわ…だって、私」


そんなリニの言葉を、ウィルはすぐに遮った。


「私はあなたがいない人生など考えられない。誰よりもリニ王女を愛しています」


彼は真っ直ぐに、リニを見つめた。



王女の美しい顔が、捨てられた紙くずのようにくしゃくしゃになっていく。



「本当に…本当に私なんかでいいの?…後悔しない?」



「後悔などするはずが無い。必ずあなたを幸せにいたします」


その言葉に、王女はウィルが差し出した手に自身の手を添えたのだった。



「…こんな…、こんな私でよろしければ…。

私も、あなたを深く愛しています」


リニがそう言うと、ウィルはとても優しい微笑みを見せたあと、王女を愛おしげにきつく抱きしめるのだった。



どこまでも真っ直ぐで優しい彼の、優しい匂いがした。



「ずっと、こうして君を抱きしめたいと思ってた」


ウィルがそう言うと、リニはぎこちなく彼の背に手を回してみたのだった。


自身の心臓が、暴れているのがはっきりと分かった。



そして、早く父がその場からいなくなってくれればいいのにと思ったが、父は相変わらず腕組みをしながらそこいにて、何度もうなずいていた。





「あら?お二人が良い感じに熱い抱擁を交わしているということは、正式に結婚が決まったのね!

…でもお邪魔だったかしら」



突然声が聞こえ、声の主を探すと、リニの父のそばにファナ女王が立っていたのだった。




「えっ?ファナ女王…?どうしてここに…」


驚いたリニが女王を見つめると、彼女はとても柔らかく優しく微笑んだ。



それを見て、リニが声を上げた。


「あっ!ファナ女王って、ずっと誰かに似てると思ったら、ウィルに似てるんだわ!特に笑い方とか!」



すると、ウィルはうなずいて微笑んだ。


「ああ、ファナと僕は双子の兄妹だから、似ていて当然かもしれないね」

 


「双子⁉あなた達、双子だったの?…どうりで、ふわっとした雰囲気も似ているわけなのね…」



「僕が君と森の中の家で過ごしているときは、ファナが僕に代わって女王として仕事をしてくれていたんだ。僕とファナは同じ日に生まれたから、共に王位を継いだんだ。彼女、とても優秀なんだよ。怒るとすごく怖いけど」


ウィルはそう言った。



「…そう。そうだったのね。…私、たくさんの人達に出会えて良かった。心からそう思うの。大変な事もあったけど、自分ひとりだけで生きていんるじゃないんだって、みんなが私に教えてくれたわ。本当にありがとう。…それに父さんにも感謝してるのよ。あの時、城を追い出されなかったら、私はわがままで、世間知らずで、くだらない王女のままだったもの。

ありがとう、お父様。大好きよ」


にこりと笑ってそう話す娘を見た父は、目頭を熱くさせているようだ。

横を向いたり上を向いたりして、必死で涙をこらえていた。

蓄えた立派な髭が、小刻みに震えている。




「そうだ!今は大広間で舞踏会が始まっているんでしょ?それじゃあ私達も踊りましょ!」


リニはそう言ってウィルの手を引っ張り、父とファナのそばへと行くと、みんなで輪になってくるくると踊りだしたのだった。



「これは踊るというよりも回っているだけね?」


ファナがそう言うと、リニがとびきりの笑顔を見せた。


「楽しければ何だっていいの!」



そんなリニを見て、二人同時にそっくりな優しい微笑みを見せるウィルとファナ。


そして潤んだ瞳の父。





真っ白な月が、あんなに高く昇っている。




今夜は月明かりが眩しいくらいだと、リニは思っていた。





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