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森の中の小さな家



それからいくらかの日が経ち、東の国ではルシオ国王陛下と、リニ王女の盛大な結婚式がひらかれていた。



とても背が高く、すらりとした手足の長い夫は、驚くほど見事に婚礼の衣装を着こなしている。



リニだって負けてはいない。


純白に輝く花嫁衣装に身を包む彼女は、どこから見ても美しい完璧なお人形そのものだった。



親族席では、リニの父が人目をはばからず声を上げながら、おいおい泣いている。

その横ではリニの兄や姉達が、末妹の晴れ姿を見てみんな笑顔だ。



リニも、花のように美しく愛らしい笑顔を振りまいて手を振る。



そんな彼女の腰に夫が手を回した。



「リニ、とても綺麗だよ」


彼が耳元でそう囁く。


そんな言葉は、とうの昔から言われ慣れていたはずなのに、リニは耳まで赤く染めたのだった。



「あっ…当たり前でしょそんなの!だって、私だもの!」


減らず口は相変わらず。

けれど今のは照れ隠し。


そんな妻を十分理解している夫の眼差しは、とても温かく優しかった。




大勢の国民が盛大に祝福する中、主役の二人はとても幸せそうに寄り添うのだった。




その夜、めでたく正式な夫婦となった二人は、寝室の椅子に座っていた。



「ねえ、ウィル…。あ、そういえばあなたの事、ルシオって呼んだほうがいい?お城のみんなは、あなたをルシオ陛下って呼んでるでしょ?」


そう訊ねると、夫は優しく微笑んだ。



「どちらでも構わないよ。ウィルも僕の名前に変わりはないから」



「うん、それじゃ私はずっとウィルって呼ぶね。…あの…それで、ウィルにお願いがあるの」


リニは夫から少し視線を逸してそう言った。



「うん、何?」


「あのね、私、もう一度お城の厨房で働きたいの」


妻の言葉に、夫は驚いたような表情を見せた。



「理由を聞かせてくれないか?」



「私ね、仕事がとっても楽しかったの。もちろん楽しい事ばかりじゃなくて、たくさん迷惑かけたり嫌だなって思う仕事もあったけれど、それでも周りに皆がいたから頑張れたわ。おかげで大切な友達もできたし、色んな話で盛り上がったりして…。だから、また厨房の皆に会いたいの。…ねえ、ウィル。いいでしょ?」


すがるようにそう懇願する彼女に、ウィルは思わず視線を逸した。


「でも、君はもう王妃だから…。それに…」



「王妃は働いては駄目なの?一日中ずっと、お上品に椅子に座ってるなんて嫌よ。せっかく料理も掃除も洗濯も覚えたのに、もったいないと思わない?自分の事は自分でできる王妃がいてもいいんじゃない?あなただって、王様なのに家事が得意でしょ?」


リニのその意見に、ウィルは困ったように微笑んだ。


「君には敵わないな。分かったよ。ミクリモには僕から話をしておくから」



「本当⁉ありがとうウィル!とっても嬉しいわ!」


と言うわけで、以前よりも日数は減らされたが、リニは再び厨房で働けることになったのだった。



数日後、リニは腰にエプロンを巻き、城の厨房でひたすら食器を洗っていた。


側にはウィルが立っている。



「あら?今日から外交の日でしょ?ファナが待ってるんじゃないの?時間は大丈夫?」


次々と食器を洗いながら、リニは夫に訊ねる。


「でも数日の間、城に帰ってこれないし何だか王妃の君が心配で…。

リニ、皿洗い上手だね。すごいな」


リニの手際の良い仕事ぶりに、ウィルが感動している。




そんな二人の元へファナがやって来た。


「ルシオ!何をしているの?早く行かないと遅れてしまうわ!新婚気分は帰ってきてからにして!」


そう言って、ファナはリニに手を振りながらウィルを引きずって行くのだった。



「いってらっしゃい。気を付けてね!」


手に泡をつけたまま、リニは二人の後ろ姿に手を振った。





そんな彼女を遠巻きに見つめながらヒソヒソ話すのは、厨房で働く者達だ。



「まさかあのお方が、元は北の国の王女様で、今は王妃様だったなんてねぇ…。あたしゃ王妃様の尊いお尻に数え切れないくらいのビンタ食らわせちまったよ…。ああ…こりゃきっと死刑になるわ…」


ミクリモが豊満な体を小刻みに震わせている。



それを聞いて、ジュディも青ざめている。


「私も、王妃様に失礼なことばかりしてたわ…。勝手に親友だと思って接したり、それにひどい事言ったり…。ああ、私もきっと死刑だわ。ごめんなさい王妃様…」


それを聞いて、モコズもげっそりとして青ざめている。


「…僕もだ…。王妃様に、これでもかというほどオリーブオイルの話ばかりしてたよ。僕はなんて失礼な男なんだ…」 


「別にそれはいいんじゃない?」


と、すかさずジュディが言う。



すると、皆の視線に気付いたリニが口を開いた。



「ねえ…。みんなしてそんな隅っこで何してるの?そんなとこにいないで一緒に仕事しましょうよ」


リニの言葉に、一同は困惑しながら無言で散り散りになってそれぞれの持ち場へと戻っていく。



すると、ジュディが恐る恐るリニの隣に来て仕事を始めたのだった。



しばらく、二人の間には長い沈黙が流れる。



すると、リニが静かに口を開いた。


「…まだ、スイーツのお店一緒に行ってないんだから、今度こそ絶対に連れてってよね」

  


ジュディはリニにちらりと視線を送ると、何度もうなずいた。


「う、うん。もちろんよ!」

 





『これからも友達でいてね』


どちらからともなく二人同時にそう言って、二人は顔を見合わせて笑ったのだった。






それから数カ月が過ぎ、ファナは異国の王族と大恋愛の末、嫁いでいった。


どうやら、ジュディとモコズも恋人同士になったらしい。




リニは王妃として、彼女なりに精一杯、国王である夫を支えていた。



そんな生活もだいぶ慣れてきた頃の事だった。


リニはふと、森の中で過ごした小さな家の事を思い出していた。



北の国へ連れ戻されたあの日から、一度も森の中へは行っていなかった。



「…あの家、今はどうなってるんだろう」


何だか無性に気になって、リニはこっそりと城を抜け出したのだった。



自身の姿を隠すようにローブをまとい、森を目指した。


あの頃のウィルになったようだと思った。




小さな家が見えてくると、リニは懐かしさで胸が一杯になっていた。


ドアノブに手をかけると、鍵のかかっていないそそれは音を立てて開いたのだった。


不用心だと思ったが、こんな森の奥に家があるなんて、きっと誰も思わないだろう。



中へと入っていくと、家具には見事に埃が被っていた。



いつもウィルと向かい合って食事をしていた小さな古いテーブルと椅子。



懐かしくて、思わずそれに手を触れると埃がリニを汚した。



「よし!掃除でもしちゃおうかな」


そう言って、彼女はローブを脱いで腕まくりをすると、家の中をてきぱきと掃除し始めたのだった。

 


しばらくすると、埃まみれになっていた家の中は見違えるように綺麗になっていた。





小さな椅子に座り、テーブルに突っ伏してあの日を思い出しながらまどろんでいると、突然玄関の扉が開いた音が聞こえた。



リニは目を開け、ゆっくりと顔を持ち上げた。



そこには、ひどく心配そうな顔をした夫が立っていた。

彼の誕生日に、リニが贈ったローブを着ている。



「リニ!良かった…。やっぱりここにいたのか。突然君がいなくなって、城は大騒ぎだったんだよ。…でも、どうしてここに?」


静かに訊ねる夫に、リニは申し訳なさそうにしている。



「心配かけてごめんなさい。でも何だかこの家がとても気になって、来てみたのよ…。

ねえ、この家って、誰も住まなかったらどうなるの?」


リニの質問に、夫は少し間を開けて口を開いた。


「…誰も住まないのに、このまま残していても仕方無いし、そのうち取り壊す事になっているんだ」



「そんな…。そんなの駄目よ!この家には思い出がたくさん詰まってるのよ。短かったけれど、とても大切な思い出があるの。あなたと二人で支え合って暮らした家を無くしたくないの…。だからお願い!……何とか残せない?

…そうだわ!ねえ、この家を別荘にできない?」


リニはそう言って、ウィルの腕にすがった。


「別荘…?でも、いいのかい?別荘がこんなに小さな家でも」


「うん!この家がいいの」


リニが強くそう言うと、ウィルは静かにうなずいて微笑んだ。


「…分かった。確かに君の言うとおり、思い出が詰まった家だからね。残しておこう」


彼の言葉に、リニの目がきらりと輝く。



「本当⁉とっても嬉しい。…きっと、…私達の子供も気に入ってくれるわ」




「うん、そうだね。…って…子供?まさかリニ…君、子供が出来たのか⁉」



「うん!」


リニは大きく頷くと、とびきりの笑顔を見せて夫に抱きついたのだった。



「そうか…!とても嬉しいよ。今からすごく楽しみだ」


そう言って、夫はまだ膨らんでいないリニの腹を優しく撫でるのだった。





数年後、森の小さな家の中から、小さな子供の声が響いていた。



椅子に座り、膝の上に幼い双子を乗せて、ウィルは絵本を読み聞かせていた。



その隣では、母親によく似たプラチナブロンドの美しい女の子が、紙に絵を描いている。



「さあ、そろそろ帰りましょう」


優しい眼差しでそう言ったのは、三児の母になっても美貌の変わらないリニだ。



子供たちは家を出ると、森の緑の中を駆けずり回って遊んでいる。



「ほら、そんなに走ったら転んでしまうよ」


穏やかでいつも優しい父親のウィルが言う。



そして、ウィルとリニは間に子供たちを挟んで手を繋ぎ、森の中の小さな家を後にしたのだった。




「おとうさまおかあさま。またあそびにこようね」


黒髪の双子が同時にそう言って、にこにこと笑った。

 


「そうだね、また皆で来よう」


優しく微笑んで、父親がそう言った。




「帰ったら夕食にしましょうね」


リニが作る料理は、今では家族からとても評判が良い。




小鳥たちが、木の枝の上で楽しそうにさえずっている。




愛する夫と可愛い子供たちに囲まれ、リニはとても幸せだと改めて実感していた。






そして、空を見上げてふと思うのだ。






あの頃の自分を、思い切りぶん殴ってやりたい。と。





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