王女の愁い
翌日、リニは侍女らにドレスを着せられ、長い髪を結われていた。
鏡には浮かない顔をした、とても美しい王女様が映っている。
あんなにもう一度着たかったドレスなのに、なんて重くて、窮屈で、歩きづらいんだろう。
踵の高い靴も、こんなものを履いていたら走れないではないか。
そして気付いたのだ。
今着ているドレスは、あの17歳の誕生パーティで捨てさせたはずのものだったのだ。
今なら、とても素敵なドレスだと思えるのに。
「とても良くお似合いですよ。リニ王女様」
侍女のひとりがそう言った。
彼女は、いつもリニを世話をしてくれていたひとりだ。
それなのに、いつも彼女にわがままばかり言って困らせていた。
「…あの時は本当にごめんなさい」
リニが静かにそう言うと、侍女は驚いた顔を見せたあと、優しく微笑んだのだった。
やがて、城の大広間でパーティが始まった。
ここにいるのは皆、他国の王族達なのだろうか。
グラスを片手に、とても楽しそうに語り合っている者が大勢いて賑やかだ。
あちこちから笑い声が聞こえる。
けれど、きっとここに新しく夫になる人物がいるのだろう。
「…そんなの絶対に嫌よ…」
美しく着飾ったリニは、椅子に座ってその人だかりを苦々しく眺めていた。
長いテーブルには、出来立ての豪華な料理が湯気を立ち昇らせて、ところ狭しと並べられている。
あの料理達は、この城の厨房で働く人達が一生懸命作った料理。
リニは、東の国の城で働くみんなの事を思い出していた。
せっかく親友になれたのに、ジュディにさよならも、ありがとうも言えなかった。
まだまだたくさん一緒に仕事をして、くだらないことを言って笑いあっていたかったのに。
突然いなくなって、きっと怒っているかもしれない。
「…何だか悲しいからスイーツでも食べてこよう」
そう言って、リニはドレスの裾を引きずりながら、長テーブルへと歩いていった。
皿にこんもりと盛られた、色とりどりのスイーツをやけ食いしていると誰かに声をかけられ、リニは振り返った。
そこにいたのは、相変わらず上品な佇まいのファナ女王だった。
この日はチョコレート色の髪を美しくまとめ上げている。
「ど、どうしてあなたがこんなところに?」
驚いていると、ファナはにこりと柔らかく微笑んだ。
「あなたのお父様から、パーティに招待されたのよ。今日は娘にとって特別な日になるって喜んでおられましたわ。
それにしても素敵なドレスね。あなたに良くお似合いだわ」
そう言ったファナの腕を掴むと、リニは人気の無い場所へと引っ張っていった。
「ねえファナ女王、あなたに助けてもらいたいの!…私、ウィルとは別の人と結婚させられてしまうのよ。でも、私は彼とずっと一緒にいたいの。だからどうか東の国に帰るために力を貸してほしいのよ」
すがるようにそう言うリニに、ファナは瞬きを繰り返した。
「…そう、そうね。…ああ、それならいい考えがあるわ。わたくしが乗ってきた馬車を中庭に寄越すから、それに乗れば東の国へ帰れるわ」
「あ、ありがとうファナ女王!あなたに会えてよかったわ」
リニの明るくなる表情を見て、ファナは優しく微笑む。
そんな彼女を見て、リニは不思議そうに首を傾げた。
「…ねえ、そういえば、あなたを見ると何だか懐かしくなるの。どうしてかしら」
「あら、わたくしもリニ王女様を見ていると、とても懐かしくなりますよ」
そう言って、ファナは再びふんわりと微笑むのだった。
ちらりと父を見ると、彼は楽しそうに誰かと長話をしている。
リニは時機をみてこっそりと大広間を抜け出し、ひとりで中庭へ向かった。
ドレスが歩きづらい。
もう一度ウィルに会えるのなら、たとえコルセットだけの姿になっても、ドレスと踵の高い靴を脱ぎ捨てて逃げ帰ってやる。
リニは強くそう思った。
中庭に着いてみると、そこには誰の姿も無かった。
リニは大きな噴水の縁に腰を掛け、使いの馬車を待った。
それなのに、待てどくらせど馬車が来る気配は無かった。
「…遅いなぁ」
気付けば、月があんなに高く昇っている。
そのうち衛兵が探しに来るかもしれない。
見つかったら本当に帰れなくなってしまう。
祈るようにただ馬車を待つ事しかできなかった。
噴水の水が弾ける音だけが、辺りに響いている。
目を伏せうつむいていると、そのうち大広間から音楽が聞こえ、舞踏会が始まったようだった。
すると、月明かりの下、森の中で夫と踊った記憶がよみがえった。
やはり、もう彼には会えないのか。
自分の初めての恋は、きっと終わってしまったのだ。
唇を噛みしめ、そう思ったときだった。
「リニ王女様。私と踊っていただけますか」
突然、若い男の声が聞こえ、リニはうつむいていた顔をゆっくりと持ち上げた。




