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父の思惑


翌朝、リニは昼前にのんびりと起床した。



「ああ、よく寝たぁ」


伸びをして居間へ行くと、ウィルの姿は無かった。



「ウィルは仕事か。水浴びしてこようっと」




水浴びを終えて家へ戻ると、リニは家事を始めるのだった。



「たまには私も掃除とかしないと。ウィルに頼りっぱなしはさすがに駄目よね」



厨房の仕事で鍛えられたリニは、夫ほど丁寧では無いが時間をかけて次々と家事を片付けていく。



そして今日の夕食は何にしようかと考えながら、市場へ食材を買いに行くのだ。



家への帰り道でも、献立の事を考えていた。


「掃除も洗濯もしたし、帰ったらすぐに夕食の下ごしらえしなくちゃ。私ってば何だか出来る妻って感じ」


そう言って、ニヤニヤと笑いながら森へと入った。


なんだか鼻歌が止まらなかった。


そろそろ家が見えてくるというところで、リニの足が止まった。




何やら誰かの話し声と馬の嘶きが聞こえる。



慌てて家へと急ぐと、馬に乗ったたくさんの衛兵達が家の周りを囲んでいたのだった。




「えっ!なっ、何⁉何なのよあんた達…」


リニが驚くのも当然だった。


彼女に振り返った衛兵達の制服には、故郷である北の国の紋章が刻まれていたのだ。



すると、彼らのひとりが馬を降りて、リニの元へと歩いた。



「リニ王女様。北の国の国王陛下からの命令で、お迎えに上がりました」


その言葉にリニは目を丸くする。


「はあ⁉…父さんが…?何よそれ!どういうことなの⁉」


そう声を上げると、衛兵のひとりが再び口を開いた。


「国王陛下からは、ただ王女様を国へ連れ帰れとしか命令されておりません。馬車を御用意したので、どうぞお乗りくださいませ」


そう言われてもリニは首を縦には振らなかった。


「帰るなんて絶対に嫌よ!私の家はここなの!私を追い出したくせに勝手なこと言わないでって、父さんに伝えといて!」


リニは叫んで家へ入ろうとしたのだが、大柄な数人の衛兵が彼女の前に立ちはだかった。

 


「ちょっと!そこを退きなさい!私の命令が聞けないの⁉」


リニは目を吊り上げてそう言ったが、彼らは微動だにしない。



「国王陛下から、王女様を無理矢理にでも国へ連れ戻せとの命令ですので。失礼致します」


そう言って、数人の衛兵がリニの腕やら肩やらを掴んで連れて行ったのだった。



「やだ!やめて!離してよ!」


必死に叫んで抵抗しても、大人の男達の力には到底敵わない。


そして、リニはついに馬車へと詰め込まれてしまったのだった。


馬車の扉には、頑丈な鍵が音を立ててかけられたのが分かった。



すぐに馬車が北の国を目指して走り出す。




「ここを開けて!開けなさいよ!私を誰だと思ってるの⁉この無礼者!」 


散々、馬車の中で騒いで暴れてみたが、頑丈な鍵をかけられた扉はびくともしない。  




そのうちリニは疲れ果て、借りてきた猫のように大人しくなってしまったのだった。



窓の外を見ながら思うのは、夫の事だった。



「ウィル…お腹空いてないかな…」


そう思ったが、彼は自分の事は自分で出来る人間だったことに気付いた。

 


「…そっか、別に私がいなくても…ウィルは困らないのか」


自分はウィルがいないと何も出来ないのに。


こんなにも、自分の中で夫の存在が大きくなっていた事に気付くなんて。




いつの日だったか、ジュディが熱く語っていた恋の話を思い出した。



『人は恋をすると胸が苦しくなって、いつもその人のことばかり考えてしまうのよ』と。




思い起こせば、最近ではいつもウィルの事ばかり考えていた。


彼が仕事から帰ってくるのが待ち遠しく思っていた。


どことなく品を感じる、あの優しい笑顔が好きだった。




いつから彼に恋をしていたのだろう?



それなのに、何も告げずに国へ帰ることになるなんて。



「…こんな事になるなら、もっと早く素直になってウィルに気持ちを伝えておけばよかった…」


リニは顔に手を当て、小さく震えた。




「うう…。やっぱりあの自己中親父、すっごいムカつく!」


北の国に着いたら、これでもかというほど罵声を浴びせてやるとリニは心に誓ったのだった。




どれくらいの時間を馬車に揺られていたのだろうか。窓の外は、すでに暗闇に包まれていた。



まどろみかけていた頃に、馬車が止まった気がした。



そして鍵を開ける音が聞こえる。


馬車の扉が開いたと同時に、リニは素早く飛び降り、門をくぐり抜けて一目散に階段を駆け上った。



城に入って大広間を抜けると、真夜中だというのに、謁見の間に国王であるリニの父が佇んでいた。


父は娘に気付くと、目を輝かせた。


「…おお!リニ!久しぶりだな。元気そうで何よりだ。それに、その庶民の服もお前が着れば尚の事華やかに…」


「私を無理やり追い出したくせに、今さら連れ戻すなんてどういうつもりよ!」


父の言葉を遮り、リニは声を荒げた。



「…まあ、落ち着け。国に連れ戻したのにはわけがあるのだ。お前は汗水流して必死で働き、庶民の生活を経験して苦労しただろう。たくさんの大切な事も学んだであろう。そんな人生の修行をして立派な王女になったお前を、やはりきちんとした王族の元へと嫁がせようと思ってな。それでここへ連れ戻したのだ。明日はお前と結婚する王族との婚約パーティを開くつもりなのだ。久々に王女として楽しむといい」


淡々と説明する国王に、リニの拳は震えている。


「何言ってるのよ!そんなことのために、私をウィルの元に嫁がせたって言うの⁉私はもう王女なんかに戻らなくてもいい!お願い!ウィルのところに帰して!彼と暮らしてもうとっくに半年も過ぎたのよ!あの森の中の家に帰りたいの!私の夫はウィルだけなの!二人で静かに暮らしたいの…!だから、お願い…。お願いよ…父様…」


そう哀願する娘に、父はいささか狼狽えた様子だったが、何とか持ちこたえたようだった。



「まさか、あのお前がここまで変わるとはな…。リニよ、そこまで彼の事を愛してるのか?」


父のその言葉に、リニは真っ直ぐ見据えてこう返した。


「ええ、ウィルを愛しているわ。こんな感情は初めてなの。ずっと一緒にいて、彼を支えていきたいの」


娘の発言に驚いた様子の父は、蓄えた立派な髭を撫でながら考えるような仕草を見せた。


「…ううむ。あのリニがこれほどまで本気で惚れ込むとは…。彼は半年で一体どんな巧みな技を…」


「ねえ、私を東の国へ帰してくれるの?どうなのよ」



「…いいや、いかん!もう決まったことだ。やはりお前は王女なのだ。庶民の暮らしはもう終わりだ。いいか、明日のパーティが遅れることは決して許さん。さあ、もう自分の部屋に戻って休みなさい」


父がそう言うと侍女らがやって来て、リニを連れて行ったのだった。



「ねえ!まだ話は終わってないのよ!」


そう叫んでも、父は娘に背を向けたままだった。



王女だった頃に使っていた部屋は、何ひとつ変わってはいなかった。



手触りの良い寝間着が用意してあったが、リニは着替えることなく広い広いベッドにひとり、仰向けになった。



隣を見ても、いつも一緒に寝ていた夫はどこにもいない。


心にぽっかりと穴が空いたようだった。



「…広い部屋も、高価な服も何も要らないわ…」

 


そんな事を呟いて、リニは目を閉じたのだった。




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