二人だけの誕生パーティ
翌日、リニは仕事をしながら気が気ではなかった。
街の店で見かけたあの素敵なローブ。
売り切れてしまってないかと心配になっているのだ。
「こんなに気になるなら、店のおじさんに取り置きしててもらえばよかった…」
畑から採ってきた野菜を洗いながらそう呟く。
今日はウィルの誕生日。
リニは彼に何かしてあげたいと思っていた。
「…あれ?でも誕生日といえばケーキよね」
そう思ったが、お湯を沸かしたこともないのに、ケーキなんて相当難易度が高すぎる。
そこで考えたリニは、いつも賄い料理を作ってくれる料理長の元へ頼みに行ったのだ。
すると、料理長は快くケーキ作りを承諾してくれたのだった。
仕事が終わり、リニは帰り支度を急ぐと再び厨房へと向かった。
「ねえ、マスター。私も手伝ってみたいの」
リニがそう告げると、料理人なのに筋骨隆々で大柄な料理長はニカッと笑った。
スポンジケーキが焼き終わり、冷ましてる頃に私服に着替えたジュディが厨房にやってきたのだった。
後ろにはモコズの姿もある。
「リニ!帰りにあんたが厨房に行く姿が見えたから気になって……ねえ、何してるの?」
料理長とリニとスポンジケーキを交互に見ながら、ジュディはそう訊ねた。
するとリニはにっこりと笑って言った。
「今、ケーキを作ってるの。今日、私の家族が誕生日なんだけどね。でも私、何も料理を作れないからマスターにお願いしたのよ」
すると、ジュディは驚いた顔をして見せた。
「…へえ、リニって親孝行娘だったのね。なんか感動したわ」
ジュディは何かを勘違いしてる。
「僕も感動したよ。そうだ、最後の仕上げにぜひエクストラバージンオリーブオイルを上から振り掛ければ、もっと素敵なバースデーケーキになるはずだよ!」
モコズはナイスアイデアとばかりに声を張り上げたが、リニは無視してスポンジケーキにクリームをこれでもかというほど塗りたくっている。
そして最後に色とりどりの果物を飾り付けた。
「できた!」
クリーム増し増し、果物大盛りのバースデーケーキの完成だ。
リニがケーキを飾り付けしたため、見た目はなかなかに不格好だ。
それでも彼女は実に満足した表情だ。
リニに無視されたモコズは、しょんぼりとしている。
「…私はオリーブオイル、好きよ」
そんな言葉をかけたのはジュディだった。
とたんにモコズの表情が明るくなる。
「本当かい⁉ジュディ!まさか君がオリーブオイル好きなんて知らなかったよ。君とはオリーブオイルでいつまでも語れそうだよ!僕、自分のオリーブ畑を持っているんだ。今度ぜひ…」
二人は何やら楽しそうだ。
料理長が出来立てのバースデーケーキを箱に入れて、リニに持たせてくれた。
「マスターありがとう!とっても助かったわ!」
花ような笑顔を見せてそう言うリニに、料理長は親指を立ててニカッと笑うのだった。
ちらりとあの二人を見ると、まだ楽しそうに語り合っている。
「お邪魔しちゃ悪いわよね」
そう呟くと、リニはケーキの入った箱を大事に抱えて城を後にしたのだった。
そして足早に向かうのは、あのローブを売っている店だ。
「早くしないと、お店閉まっちゃう…」
ケーキが崩れないように気を使いながら、でも急ぎながら店を目指す。
やっと店に着くと、お目当てのローブはまだ売り切れてはいなかった。
「お嬢ちゃん美人だからまけとくよ」
そう言って、店主はリニにお釣りを渡した。
「ありがとう。とっても嬉しいわ」
リニは笑顔で紙袋に入ったローブを受け取った。
ケーキとローブを抱えて、家へと急ぐ。
夫はどんな反応を見せてくれるのだろうか。
果たして喜んでくれるだろうか。
そんな事を思いながら、森へと入っていった。
家には明かりは点いていなかった。
まだウィルは帰ってきていないようだ。
「今日は帰り遅いのかな」
ケーキの入った箱を見つめてると、なにかに気付いた。
「そういえば、誕生日なのにケーキだけじゃ寂しいわよね。…何か料理、作ってみようかな…」
一度も包丁を握ったことはないけれど、料理を作っているところは仕事で毎日見ている。
きっと、あれを真似すればいいだけ。
今なら、野菜の名前も調味料の種類も知っている。
とりあえず、調理台の上にあるだけの食材を並べてみた。
すると、夫がいつも台所を綺麗にしていたことに気が付いた。
「本当に、ウィルは几帳面なのね。
…よし、大丈夫よ。…きっと出来るわ。頑張れリニ」
自身に言い聞かせ、腕まくりをすると恐る恐る包丁を握った。
何を作るのか特に決めてはいないが、リニは包丁を斧のごとく野菜めがけて振り下ろしていった。
そして家の中からは、普通の家庭では聞こえないようなものすごい音が響くのだった。
それからしばらくてウィルが帰宅した。
「ただいま。すまない、今日は少し遅くなって…」
そう言いかけて、ウィルは言葉を失った。
リニが台所に立っているのだ。
いつもなら居間のテーブルの席に座って、料理が出て来るのを今かと待っているだけなのに、台所に立って料理をしているのだ。
ウィルは嵐が来るのではないかと、思わず窓の外に視線を送ったほどだった。
「あ、お帰りウィル」
リニは振り返り、そう言って作ったものを皿の上に乗せている。
「あ…た、ただいま」
初めてリニからおかえりと言われ、ウィルは少し戸惑ったようにそう返すのだった。
「これ、どうしたんだ?」
テーブルの上に並べられた料理らしきものを見ながら、ウィルは訊ねる。
「今日はあなたの誕生日でしょ?だから作ってみたの。ケーキは厨房のマスターに作ってもらったけれど、飾り付けは私がやったのよ」
何だか得意気に答えるリニに、ウィルの顔がほころんでいく。
「ありがとう。まさか君に祝ってもらえるなんて思ってもなかったから、とても嬉しいよ」
「今日は特別よ。感謝してよね。さあ、出来たから食べましょ。私、お腹空いちゃった」
二人は向かい合って座った。
リニの作った料理はどれも料理には見えなかった。
どうしたらこんなに見た目の料理になるのかと思うほど、ひどい見栄えのものばかりだった。
それでも、ウィルは嬉しそうに次々に不気味な手料理を口に運んでいく。
しかしリニは自分で作った料理らしきものを口に入れた瞬間、勢いよく吐き出したのだった。
「ぶえっ!なれこれ…マズい。…すっごくマズくて無理…。うえぇ」
渋い顔をしてそう言うが、目の前の夫は平気で食べ続けている。
「よくこんなマズいの食べられるわね…。もしかしてウィルってゲテモノ食い?」
「え?全然、不味くないよ。だってこれ、リニが僕のために一生懸命作ってくれたんだろ?とても美味しいよ。ありがとう」
嬉しそうに微笑んでそう言う夫に、リニは何だか恥ずかしくなってしまった。
結局、リニはケーキだけをたらふく食べたのだった。
二人で後片付けをしていると、リニが口を開いた。
「ねえウィル。これからは私が毎日夕食を作りたいと思うの」
「え!?リニが?」
ウィルが驚くと、リニの眉間にシワが寄った。
「…何よ。もうあんなマズいもの作らないように、ちゃんと厨房のマスターから教わってくるわよ。だからいいでしょ?私も、仕事だけじゃなくて少しは家の事も出来るようにしたいの」
彼女の言葉に、ウィルは断る理由も無かった。
「分かった。それじゃあ、これからは君に夕食をお願いしようかな」
「うん!私、頑張るからね」
リニの無邪気な笑顔を見て、ウィルもつられて笑顔をになる。
すると、彼への贈り物を渡していない事を思い出したのだ。
「あっ!そういえばウィルに渡したいものがあるの」
そう言って、リニは大きな紙袋を差し出した。
「はい、これ。新しいローブなんだけどね。…誕生日おめでとう」
リニは照れくさそうにそう言った。
ウィルはとても驚いた顔をして、リニと紙袋に何度も視線を送った。
「これを僕に?あ…、ありがとうリニ。…その、うまく言えないけど、ものすごく嬉しいよ。本当にありがとう」
「…ほ、ほら!せっかくだから、今着て見せてよ」
リニの言葉に、ウィルは紙袋からローブを取り出して着てみたのだった。
「思ったとおりだわ。私ってやっぱり服選びのセンス良すぎじゃない?」
リニはふふんと鼻を鳴らして得意気だ。
丈も、とても背の高いウィルにぴったりだ。
色合いも何もかも彼に似合っていると、リニは思った。
「そうだ、リニ、僕と踊ってくれないか?ほら、行こう」
彼は突然そう言ってリニの手を取ると、新しいローブを着たまま家の外へと出たのだった。
今日は、辺りが見えるほどに月が明るい。
「ど、どうしたのよ急に…」
戸惑いながら訊ねるリニに、夫はにこりと微笑んだ。
「何だか、とても君と踊りたくなったんだ」
しかし、リニは首を傾げる。
「でも、あなた踊れるの?私はお城で育ったお姫様だから踊れるけど…それに音楽も無いし」
「楽しければ何でもいいんじゃないかな」
そう言って、彼はリニの腰に手を回して自身の方へと引き寄せた。
夫の顔が、とても近い。
互いの体は触れ合ってしまっている。
きっと、心臓が暴れているのが夫に伝わってしまっているかもしれない。
リニは耳まで真っ赤に染まっていた。
「…私の足、踏んだら許さないから…」
「大丈夫だよ。心配しないで」
にこりと微笑んで、ウィルが言う。
リニは落ち着かない様子で、彼の肩に手を添えた。
そして顔を上げ、恥ずかしながら夫を見つめた。
艶のある黒髪に、高い鼻。彫りの深い顔立ち。そして、ひどい傷跡。
けれど、リニを見つめる榛色の瞳は、優しさにあふれている。
夫はなぜか、動きにぎこちなさを微塵も感じさせなかった。
流れるようにリニと踊れるのだ。
これではリニの足を踏むなんてことはあり得ない。
「ね、ねえ、どうしてそんなに踊るの上手なのよ」
リニがそう訊ねると、ウィルはいたずらっぽく笑った。
「さあ、なぜでしょう」
彼の体温が伝わってくるのが気になって、リニはそれ以上何も聞けなかった。
夫と踊りながら、今夜は月明かりが眩しいくらいだと思ったのだった。




