あなたのことが
街の中は街灯があるものの、少し道を外れると、辺りは真っ暗闇だ。
こんな真夜中に出歩く酔狂な人間などいるはずもなく、恐ろしいほどに静まりかえっている。
けれど、ウィルが工場で働いていないとしたら、一体どこを探せばいいのだろうか。
広い広い街なかを彷徨うリニは、もはや迷子のようになっていた。
すると、後ろの方で足音が聞こえたような気がした。
リニは後ろを振り返るが、暗くてよく見えない。
そして歩き出すと、また後ろから足音が聞こえるのだ。
立ち止まってみると足音も止む。
「誰かそこにいるの!?いるんだったら出てきなさいよ!」
リニは声を上げた。
大きな声を出すと、いくらか不安が紛れる気がした。
すると、大きな黒い影がリニの方へ向かってくるではないか。
「ひっ!ぃゃあぁぁっ!!」
リニは驚いて悲鳴をあげた。
「リニ⁉こんなところで何してるんだ⁉真夜中にひとりで出歩いたら危ないだろ?」
聞き慣れた声がして、リニは恐る恐る顔を上げた。
すると、すぐそばにはズタボロ雑巾ローブのウィルが立っていた。
「なっ、何よその言い方!そっちこそいつまでも帰ってこないでどういうつもりなのよ!」
リニはまず先に怒りをぶつけてみた。
「今日は仕事が立て込んでいて、なかなか終わらなかったんだよ。本当は早く帰りたかったんだけど」
「…ふーん。私、あなたの忘れ物を届けに工場に行ったのよ。でもあなたみたいな人は働いてないって言われたの。これってどういうことかしら」
リニは腕組みをしながら、鋭い目つきでそう言った。
「さあ、どういうことだろう。その人こそ、そこで働いていないんじゃないかな?」
ウィルは首を傾げながらそう言う。
「え?何よそれ。だってその人は何十年も工場で働いてるって…」
「夕食まだだろう?ものすごく遅くなったけど、家に着いたら作るよ。さあ帰ろう」
にこりと優しく微笑むと、夫はリニの背に手を当て、歩くように促した。
「えっ、ちょっと…。私の話聞いてる?」
「それにしても、リニが僕を心配して迎えに来てくれるなんて、すごく嬉しいよ」
「なっななな、何言ってるの!勘違いしないでよね!し、心配なんて全然してないんだから!私はただ、早く夕食を作ってほしくてウィルを探してただけで…」
「はいはい。分かったよ。そんなに照れなくてもいいのに。可愛いなぁ」
「だから違ーう!!」
リニの反応を見て、ウィルは笑っている。
傍から見たら仲が良さそうに見える二人は、そんなやり取りをしながら家へと帰ったのだった。
家に着くと、夫はすぐに料理を作ってくれた。
出来立てのそれを口に詰め込みながら、リニは向かいに座る夫を見やった。
家に彼がいる。
それだけで、ひとりではないという強い安心感を覚え、心が落ち着いていく気がした。
リニの視線に気付いた夫が、柔らかく微笑む。
慌てて視線を逸らす彼女に、彼は笑った。
「リニは面白いな。表情がくるくる変わるから、見ていて飽きないよ」
「…べ、別に笑わなくたっていいでしょ。
あ、そういえば、あなたの歳っていくつなの?誕生日はいつ?私、聞いたことなかったわよね?」
以前は彼に興味の欠片も無かったのだが、今は彼を知りたいと思ってしまうのだ。
「歳は19だよ。誕生日は…ええと…あれ?明日だった。だからもう20歳だね」
夫は思い出すようにしてそう言った。
「自分の誕生日くらい気にしなさいよ」
呆れたようにリニが言う。
「でも、あまり自分の誕生日とか興味無いんだよ」
ウィルはそう言ったが、リニはすぐにハッとした。
明日がウィルの誕生日なら、やはり、パンツを買ってもらったお礼も兼ねてあのローブを買うべきだと思った。
やがて食事を終えたリニが台所へ向かう姿を見て、ウィルはものすごく驚いていた。
リニが食器を洗っているのだ。
ウィルは思わず、大雨が降っていないかと窓の外に視線を送ったほどだ。
しかも彼女は鼻歌を歌いながら食器を洗っているではないか。
「リニ。何だか君、変わったね。もちろん良い意味で」
ウィルが側に来て、そう言った。
「え?変わったって何が?もっと美しくなったって事?当たり前でしょ。私を誰だと思ってるのよ」
減らず口は相変わらず。
けれどそんなリニに、いつものように夫は優しく微笑むのだった。
その後、ベッドに入ったリニだったが、なかなか寝付けずにいた。
明日は仕事だというのに眠れないのだ。
いつもは秒で寝られるのに。
すぐ隣では、ウィルがすっかり眠っていた。
割と寝相のいい彼から、静かな寝息が規則正しく聞こえてくる。
リニはゆっくり起き上がり、眠る夫をじっと見つめた。
彼の寝顔が、とても美しいと思った。
その顔の傷跡に、そっと触れてみる。
自ら夫に触れたのは初めてだった。
そして、リニは静かに口を開く。
「…ウィル。…私、あなたがいないとひとりぼっちなの。あなたは、私のたった一人の家族なの。だからお願い。いなくなったりしないでね。
あのね、…さっきは素直になれなかったけれど、あなたを迎えに行った本当の理由はね…」
あなたの事が、とても心配だったのよ。




