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カウペンスの戦い

 戦いは、南部に舞台を移していった。

 南部戦線の総指揮官は、サラトガの戦いで功績を挙げたホレイショ・ゲイツ将軍だったが、キャムデンの戦いで惨敗したため、総指揮官を解任された。

 代わって南部戦線総指揮官に任命されたのが、ワシントン司令の右腕と言われているナサニエル・グリーン将軍だ。

 グリーン将軍は、今まで戦ってきた経験を十分生かせる能力を持っている。特に、ワシントン司令のとってきた戦法に対しては造詣が深い。

 そのようなグリーン将軍が、僕やラファイエット侯爵ら部隊指揮官に発した命令が、これだった。


『部隊を複数に分け、南部各地に散開。攻撃と撤退を繰り返して徐々に敵戦力を削り取る――』


 つまり、確実に勝てるまで敵の戦力と士気を減らし、確実に勝てる状況になった時、一気に勝負を仕掛けるのだ。

 さらに、部隊を南部全域に部隊を分けることによりイギリス軍を振り回し、物資と体力を奪う効果も見込める。

 また、孫子の兵法と照らし合わせてみると、この作戦はかなり上策だと思う。

 まず、攻撃と撤退を繰り返して戦力を削ぐ作戦。これは、はたから見ればこちらが『負けている』ように見える。しかし、実際は最終的に勝つための『布石』なのだ。これは『迂直の計』であると言える。

 次に、南部全域に軍を派遣して敵を振り回す作戦。これは、明らかに戦争の主導権を取ろうとしている。主導権を取ることも、孫子の兵法では重要なポイントだ。

 そして、確実に勝てるまで勝負を仕掛けない――。これも、孫子の兵法で重要性を説いている。

 だから、この作戦は上策で、成功が十分見込める。そう思うのだ。




 指令を受けてから、僕はサウスカロライナを中心に、グリーン将軍の本隊とは一番遠い場所で活動していた。

 ある日、偵察に出した兵士が、こんな報告をしてきた。

「コーンウォリス将軍が、バナスター・タールトン大佐をこちらに派遣してきたようです! その数、約一千!」

 コーンウォリス将軍、なかなか大陸軍を壊滅できないから、本隊から最も離れている僕の部隊を狙ってきたか。

 それにしても、敵の数は一千か……。こちらは大体八〇〇だし、友軍からの情報だとかなり戦闘を行っているという。つまり、敵は相当疲れが溜まっているはずだ。

 一応、勝とうと思えば勝てる。だが、念には念を入れて、今回も削り落としで……。

「なお、タールトン隊の中に、『男装の麗人』の士官を確認しました!」

「何!?」

 男装の、麗人……。明らかに、ニコラの事だ。

「おい、それは本当だろうな?」

「はい、イギリス兵の中でも特に異彩を放っておりましたので、間違いありません!」

 まさか、ニコラが『慈悲』の名の下に虐殺を平気で行うタールトンの部隊にいるとは……。


 ……説得しないと。


少なくとも、説得してタールトンからあいつを離さなければ、虐殺の汚名を着せられるばかりか、ニコラの人格が歪んでしまう……!

 あいつは、昔から正々堂々としていた。それがあいつの魅力だった。

 だから、僕は、絶対に救い出す……!

「副官! すぐにこの周辺の地図を持って来い!」

 程なくして、この周囲の地図が僕の手元に届いた。それが届くとすぐに、勝利を掴める戦場を探した。

 数分後、目当ての土地が見つかった。

「……あった……」

 その名はカウペンス。ブロード川が流れており、その前面に開けた場所がある。

 ここなら、僕の作戦が生かされる……!

「全軍、カウペンスに向かうぞ! そこで虐殺魔タールトンを迎え撃つ!!」

 ……待っていろ、ニコラ。必ず、お前を助け出す!




 カウペンスに到着すると、僕はブロード川を背にするように布陣した。

 これは、孫子の兵法『窮冦には迫ることなかれ』、つまり『ピンチに陥った敵を攻めるな』という教えを逆手に取った布陣だ。

 そもそも、ピンチの敵を攻めてはいけないのは、『窮鼠猫をかむ』方式でいつもの実力以上に奮戦するため、返り討ちにあうからだ。だからわざとその状況を作ってしまえば、兵士はいつも以上の働きができるのだ。

 それと、訓練を受けていない民兵が逃げ出すことによって、部隊が混乱しないようにする、という理由もある。

 布陣が終わった後、全軍に一通り命令を下し、隊列を整えた。後は、タールトンを待ち構えるだけだ。

 ……あ、そうだ。

「副官、予備の大陸軍のコートはあるか?」

「はい、ありますが……」

「なら、それと縄を持ってきてくれ」

 少しして、副官がコートと縄を持ってきた。

「よし、では縄を使ってコートを僕の背中に固定してくれ」

「……いいのですか?」

「ああ。やってくれ」

 副官は少し困惑していたが、僕が促すとコートを背中に固定してくれた。

 これで、準備万端だ。




 一七八一年一月十七日早朝。夜明けとともにタールトンの部隊が確認された。

 しばらくすると、タールトンの騎兵部隊が突撃を仕掛けてきた。まあ、突撃に関しては予想していたが。

 それで、敵の突撃と共に、僕は命令を下した。

「作戦開始! あくまで、打ち合わせ通りに!!」

 こちらの第一陣と第二陣は、あまり訓練を受けていない民兵隊。そいつらには、ある事を言い含めていた。

『二発撃ったら、下がっていい』

 民兵隊はこの指令を受けていたため、敵の戦力を少し削っただけで、すぐに瓦解してしまった。

 でも、これも作戦の内。

 第三陣の正規兵隊が頑張っている間、僕は副官と協力して下がってきた民兵隊の態勢を速やかに立て直した。

 立て直しが終わると、民兵達に命令した。

「二手に分かれ、左右から側撃せよ!」

 この指令が下されると、民兵隊は即座に進軍。しばらくして側撃を開始した。

 これにより、敵は正面と左右を取り囲まれる形となった。もはや、袋の鼠だ。

 これでもう、勝利は時間の問題。そう思った時だった。

 伝令兵がやってきて、こう告げた。

「伝令! 前線にて、件の『男装の麗人』を発見! 現在、正規兵隊と戦闘中!」

 ニコラの事については、戦闘が始まる前、発見し次第連絡するよう命令していた。

 しかし、戦闘も大詰めに入った時に見つかるとは……。この状況、利用させてもらおう。

「副官、後の事は任せた。僕は前線へ行く」

「はっ、ご武運を」




 前線に到着すると、僕は手に持った銃剣で敵をばったばったと斬り倒しながらニコラを探した。

 間もなくして、あいつの姿が見えた。

「ニコラ!」

「ビル! お前、どうしてここに……?」

「それはこっちのセリフだ。なんで、虐殺を平気でやるような奴にお前がついている? ……まあ、上の命令だろうけど」

「よくわかっているじゃないか。なら、質問する意味もないんじゃないか?」

「じゃあ質問を変える。お前、このままあいつに従っていていいのか?」

「…………」

 ニコラはうつむき、黙ってしまった。

「それと、もう一つ。モンマスで僕が言ったこと、覚えてるか? 『死んでいったやつらはどう思う?』だったと思うが……。それでだ、今のお前を見て、死んでいったやつらはどう思う?」

「……う……う……うわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 すると、ニコラは泣き叫んで、地面に倒れこんでしまった。

「わかってる、わかってるよ、そんなこと! でも、私は軍人だ! 裏切るなんて、出来るわけ……」

 これが、ニコラの本心だった。タールトンに付き従うのはよくない。だが、軍人として、自軍を離れられない……。

 特に彼女は軍人として名門の家柄の出だから、軍を離れることに関しては、普通の人よりも大きな罪悪感を覚えるのだろう。

 でも、僕はそれを払しょくできる言葉を知っている。

「孫子の兵法に、こんなことが書かれている。『君に受けざる所あり』」

「え……?」

「要は、上官の命令には従わない方がいい時もある、ってことだ。ついでに付け加えると、これ以外にも何ヶ所か、命令に背くべき時がある、的なことが書かれているがな。その上で、もう一度聞く。お前はこのまま、タールトンに付き従うべきなのか?」

「……それは……よくは……ない……。だが……軍を……離れることは……」

 少しは心を動かせたようだが、やはり公然と脱走はできないようだ。

 だったら、最終手段だ。

「ニコラ。これからお前に、魔法をかけてやるよ」

「え……」

 そして僕は、懐から手のひらサイズの球を取りだした。取りだした後、それに火をつけ……。

「はぁっ!」

 直後、その球を思いっきり地面に投げつけた。すると、白い煙がもうもうとあたりを包み込み、視界を遮った。

 次の瞬間、銃声が一発、鳴り響いた。

 しばらくすると、煙が晴れた。

 そこに立っていたのは、大陸軍のコートを着た、二人の人間の影だった。

「イギリス軍大尉、ニコラ・キャヴェンディッシュ大尉は、混戦中に行方不明になった。そして、この私は……ビル・エアハート大陸軍大尉の副官だ!」

 そう宣言したが、その宣言した本人は間違いなく、ニコラだ。


 真実はこうだ。


 まず、僕が煙玉を使って視界を遮った後、空に向けて発砲する。これで、ニコラの身に何かあったと印象付けることができる。

 次に、僕が背中に背負っていた大陸軍のコートをニコラに着せる。後は、煙が消えたのと共に、ニコラの行方不明宣言をすれば、名目上ニコラは行方不明扱いとなる。

 まあ、普段なら子供だましにも満たないだろうが、今は混戦状態。必ず目撃者の証言は食い違う。だから、イギリス軍はなし崩し的にニコラを行方不明扱いするしかない。

 そのため、ニコラに汚名を着せることはない、そう考えたのだ。

「ビル、すぐにタールトンの下へ急ぐぞ」

「ああ、わかっている」

「それと、これは提案なのだが……奴には、死より屈辱的な敗北を味わわせようと思う」

「面白そうだな。その話、乗った!」

 襲いかかってくるイギリス兵を倒しながら、僕とニコラはタールトンの下へ駆けて行った。




 しばらくすると、タールトンの姿が見えてきた。

「おや、キャヴェンディッシュ大尉……なぜ大陸軍のコートを着て、敵の指揮官と一緒にいるのですか?」

「ニコラ・キャヴェンディッシュ大尉は行方不明になった。私はエアハート大尉の副官だ」

「あくまでシラを切るつもりですか。でしたら、今すぐ後悔させてあげます!」

 その言葉と共に、タールトンは剣を振りかざして襲いかかってきた。

「いいな、ビル。打ち合わせ通りに」

「わかってる。……行くぞ!」

 僕達は目配せした後、タールトンに立ち向かった。


 ――両者がすれ違った瞬間、時が止まったような気がした――。


 次の瞬間、その沈黙が破られた。それは、ドサッという人の倒れた音ではなかった。

「なんですか、これはああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 その叫びは、タールトンのものだった。

 それもそのはず。僕達二人は、タールトンの服の後ろの部分をきれいに切り取ったのだ。

「どうだろう、タールトン大佐。僕達のプレゼント、『臆病者』の称号は?」

「ま、これで貴様も終わりだな。背中の傷は、臆病者の証と昔から決まっている」

 すると、タールトンは涙目になりながら、こう叫んだ。

「くっそおおおおおぉぉぉぉぉぉ、全軍、撤退だ! 覚えてろよ!!」

 この捨て台詞と共に、タールトンたちは撤退していった。

「……あいつ、キャラが変わったな」

「あれがタールトンの本性だったんだろうさ。さあ、僕達も戻ろうか、ニコラ」

「だが……私は……」

「大丈夫だ。僕から説明はしておく。きっと、すぐに受け入れてくれるだろう」

「……ああ、ありがとう」


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