第八話 ねこの学校見学
ネコネコランドの朝は、今日もやわらかな陽ざしに包まれていた。
窓の外では小鳥が楽しそうにさえずり、風に揺れる木々の葉が、さらさらと気持ちのいい音を立てている。
そんな穏やかな朝、リオンの部屋の扉が、こんこんっと元気よく叩かれた。
「リオン先生! 迎えに来たにゃー!」
扉を開けると、そこには小さな茶トラの子猫が立っていた。
ふわふわの毛並みは太陽の光を浴びてきらきらと輝き、大きな丸い目は好奇心でいっぱいに輝いている。
胸にはぴかぴかの小さな名札。
しっぽは落ち着きなく、ぱたぱたと楽しそうに揺れていた。
この子の名前は、チャイ。
ネコネコランドでも有名な、おしゃべりで元気いっぱいの子猫だ。
嬉しいことがあると、ぴょんぴょん跳ねる。
気になるものを見つけると、すぐ走っていく。
一度話し始めると止まらない。
ミルクが「見てるだけで目が回るにゃ……」と、少し遠い目になるくらいには元気だった。
けれど、その明るさは太陽みたいで、まわりの猫たちまで笑顔にしてしまう不思議な力がある。
「今日は学校を案内するにゃ!」
胸を張るチャイに、リオンは思わず笑った。
「ありがとう。でも、先生じゃないよ?」
するとチャイは、不思議そうに首をかしげる。
「大人はみんな先生にゃ!」
どうやらネコネコランドでは、そのあたりはかなり自由らしい。
石畳の道を並んで歩く。
チャイは歩くというより、跳ねていた。
右へぴょん。
左へぴょん。
花を見つけてぴょん。
ちょうちょを見つけてぴょん。
三歩進んで、二歩戻る。
ぜんぜん前に進まない。
「チャイ、学校行かないの?」
「行ってるにゃ!」
行けていない。
それでも本人は満足そうだ。
ようやく見えてきたのは、大きな丸い建物だった。
丸い屋根。
丸い窓。
丸い扉。
そして入り口には、大きくこう書かれている。
ねこねこ学園
「そのままだね……」
リオンがぽつりと言うと、チャイはしっぽをぴんと立てた。
「分かりやすさが一番にゃ!」
なんだか納得してしまう。
中へ入ると、すぐに元気な声が響いてきた。
「先生ー! 消しゴム食べたにゃ!」
「それは食べものじゃないにゃー!」
「でも、ちょっと魚の味がしたにゃ!」
「しないにゃ!」
開始三秒で不安になる。
そっと教室をのぞくと、そこには自由すぎる光景が広がっていた。
黒板に絵を描いている猫。
机の中で丸くなって寝ている猫。
窓辺でひなたぼっこしている猫。
隣のしっぽで遊んでいる猫。
……誰も勉強していない。
そして教壇の上には、メガネをかけた灰色の先生猫が立っていた。
とても知的な顔。
背筋もぴんとしている。
なんだか安心できそう――
そう思った次の瞬間だった。
先生猫は黒板に大きく書いた。
今日の授業
「気持ちよく昼寝する方法」
「授業それ!?」
思わずリオンの声が出る。
先生猫はきりっと振り向いた。
「大事な授業にゃ。よい睡眠は、よい人生を作るにゃ」
なんだか妙に説得力がある。
「チャイは得意にゃ!」
そう言った瞬間、チャイは机の上にぴょんと飛び乗り、くるんと丸くなった。
三秒後。
すぴー……。
「早い!」
才能だった。
授業は意外にも本格的だった。
「まず、丸くなる角度が大事にゃ」
みんな一斉に丸くなる。
「しっぽは鼻先にそえるにゃ」
みんな、ぴと。
「肉球は見せるにゃ。かわいいからにゃ」
そこまで計算されていた。
その時、一匹の白黒猫が前足を上げた。
「先生、質問にゃ!」
「なんにゃ?」
「ひなたと日陰、どっちが上級者向けにゃ?」
教室がざわつく。
難問らしい。
先生猫は腕を組み、静かに答えた。
「季節によるにゃ」
みんなが深くうなずいた。
その横で、チャイも寝ながらうなずいていた。
器用すぎる。
次の授業は体育だった。
校庭へ出ると、猫たちが一斉に走り出す。
かけっこかと思った次の瞬間――
みんな、ごろん。
地面でごろごろ。
すりすり。
転がっている。
「なにしてるの?」
チャイが得意そうに胸を張る。
「砂あびにゃ!」
そして次の瞬間、リオンの足元へ飛び込み――
ごろんっ。
白い服が、砂まみれになった。
「チャイー!」
「仲間にしたにゃ!」
満面の笑顔だった。
怒れない。
笑ってしまう。
笑って、転んで、また笑う。
そこには順位も競争もない。
ただ、楽しいから笑っている。
その光景を見て、リオンはふっと頬をゆるめた。
なんて自由で、なんて優しい世界なんだろう。
その時、鐘が鳴る。
すると猫たちは一斉に立ち上がった。
「給食にゃーー!」
「今日は焼き魚にゃーー!」
「急ぐにゃーー!」
今までで一番速い。
チャイもしっぽをぴんと立てて叫ぶ。
「遅れると骨しか残らないにゃ!」
それは大事件だ。
「急ごう!」
リオンも思わず走り出す。
青い空の下、笑い声が響く学校で、今日もまた、やさしくて少しおかしな一日が流れていく。
そしてリオンは思った。
――こんな学校なら、毎日通いたいかもしれない。
ネコネコランドは、今日も平和だった。
たぶん、明日も。




