表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネコネコランドへようこそ  作者: 香月 深青
PR
7/27

第七話 ミルク、お風呂に入る

ネコネコランドの朝は、いつもより少しだけ静かだった。


――いや、正しくは、静かすぎた。


いつもなら朝早くから、


「お腹すいたにゃ」

「今日のおやつは何にゃ」

「リオン、なでるにゃ」


と、元気いっぱいの声を響かせているミルクが、今日は姿を見せない。


不思議に思ったリオンは、部屋の奥をのぞき込んだ。


すると、窓辺の陽だまりの中で、真っ白なはずの王女様が、しょんぼりとうずくまっていた。


……灰色だった。


昨日の料理騒動の名残で、小麦粉や卵や謎の焦げが、毛のあちこちにこびりついている。


本来なら雪のように美しい毛並みが、すっかり「うっすら汚れたおもち」みたいになっていた。


それでも本人は、気づかないふりをしている。


毛づくろいしてごまかしている。


ぺろ。


ぺろぺろ。


ぺろ……。


途中で顔をしかめた。


「……まずいにゃ」


そりゃそうだ。


「ミルク、お風呂入ろう?」


そのひと言で、ミルクの耳がぴんっと立った。


青い瞳が、大きく見開かれる。


次の瞬間――


「いやにゃー!!」


全力で逃げた。


速い。


王女とは思えない俊敏さだった。


廊下を走り、階段を駆け上がり、カーテンの裏に隠れ、次はベッドの下へ。


しっぽだけが、ぴこぴこと揺れている。


丸見えだ。


リオンがそっと声をかける。


「どうしてそんなに嫌なの?」


ベッドの下から、小さな声。


「水は、ぺちゃんこになるにゃ……」


「ぺちゃんこ?」


「ふわふわが、しょんぼりになるにゃ……」


どうやら見た目の問題らしい。


「それに……」


「それに?」


「お風呂のあと、自分が細いってバレるにゃ……」


リオンは吹き出した。


そこを気にしていたのか。


けれど、ここまで汚れたままにはしておけない。


リオンは優しく言った。


「大丈夫。もっと可愛くなるよ」


その言葉に、しっぽがぴくりと動く。


……ちょっと心が揺れた。


「ほんとに?」


「ほんと」


「ふわふわ?」


「ふわふわ」


「つやつや?」


「つやつや」


「王女っぽい?」


「今よりもっと」


しばらく沈黙。


そして、のそのそとベッドの下から出てきた。


「……入るにゃ」


覚悟を決めた顔だった。


お風呂場には、大きなたらい。


あたたかなお湯。


ほんのり花の香りのする泡。


ミルクは足先をそっと入れる。


ぴくっ。


「……あったかいにゃ」


もう片足。


ちゃぷん。


「……悪くないにゃ」


そして肩までつかる。


ほわぁ……っと顔がゆるむ。


「気持ちいいにゃ……」


五秒後。


寝た。


早い。


湯船の中で、こくんこくんと船をこいでいる。


可愛い。


リオンが優しく洗ってあげると、灰色の毛から汚れがするすると落ちていく。


白く。


もっと白く。


きらきらと輝くように白く。


青い瞳まで、いっそう澄んで見える。


洗い終わって、ふわふわのタオルで包む。


ごしごし。


ぶるぶるっ!


その瞬間――


大量の水しぶき。


近くにいた猫たちまで、びしゃっ。


みんなずぶ濡れ。


しばし沈黙。


ミルクだけが、満足そうに胸を張る。


「きれいになったにゃ」


次の瞬間。


乾かした毛が、ぶわぁぁっと広がった。


ふくらむ。


さらにふくらむ。


もふっ。


もふもふっ。


もはや白猫ではない。


歩く綿あめだった。


丸い。


大きい。


埋まりたい。


子猫たちが歓声を上げる。


「ふわふわにゃー!」


「顔うずめたいにゃ!」


「いい匂いにゃ!」


一斉にもふもふされるミルク。


けれど本人は、まんざらでもない。


むしろ誇らしげだ。


「これが王女の毛並みにゃ」


胸を張った瞬間。


足元が見えず、自分のしっぽを踏む。


ころん。


転んだ。


丸い綿あめが転がったみたいだった。


その姿に、リオンは声を上げて笑った。


周りの猫たちも大笑い。


転がったままのミルクも、照れくさそうに笑う。


青い空の下。


今日もネコネコランドには、やさしくて、あたたかな笑い声が響いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ