第四話 ねこのパン屋さん、大パニック!
ネコネコランドの朝は、今日も焼きたての香りから始まる。
ふわりと風にのって届くのは、甘く香ばしいパンの匂い。
窓辺でその香りを胸いっぱい吸い込んだリオンは、思わず目を細めた。
「いい匂い……」
お腹が、ぐう、と素直に返事をする。
その時だった。
ばたんっ!
勢いよく扉が開き、真っ白な毛をふわりと揺らしながら、ミルクが飛び込んできた。
王冠は斜め。
息ははぁはぁ。
しっぽはぶわっと膨らんでいる。
完全に大慌てだった。
「リオン! 大変にゃー!」
「どうしたの!?」
ミルクは両手をばたばた振りながら叫ぶ。
「パン屋さんが倒産の危機にゃ!」
「ええっ!?」
昨日まで平和だったネコネコランドに、まさかの経済危機。
リオンは慌ててミルクのあとを追いかけた。
向かった先は、町で一番人気のパン屋さん。
看板には大きくこう書かれている。
ねこねこベーカリー
名前からして可愛い。
けれど、お店の前には長い行列ができているのに、店の中は妙に静かだった。
並んでいる猫たちのお腹だけが、ぐうぐう鳴っている。
「まだにゃ?」
「もう限界にゃ……」
「肉球が震えてきたにゃ……」
大げさすぎる。
リオンがそっと中をのぞくと、そこには床に丸くなって泣いている大きな茶トラ猫がいた。
白いコック帽が、しょんぼりと垂れている。
どうやら親方らしい。
「もうだめにゃ……毎日赤字にゃ……」
「どうしたんですか?」
リオンが声をかけると、親方猫は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら言った。
「パンは焼いてるにゃ……いっぱい焼いてるにゃ……」
「じゃあ、売れば……」
「売る前になくなるにゃ」
「え?」
その瞬間。
厨房の奥から、もぐもぐという音が聞こえた。
振り向くと、一匹の白黒猫が焼きたての食パンの端を、こっそりかじっていた。
「何してるの!?」
すると白黒猫は真顔で答える。
「味見にゃ」
次の瞬間、別の猫がクロワッサンをくわえて走り去る。
「こっちは!?」
「焼き加減の確認にゃ」
さらにレジの前では、丸々した灰色猫が会計そっちのけでメロンパンを食べていた。
「あなたは!?」
「接客の元気をつけるためにゃ」
全部、食べる理由になっていない。
リオンはぽかんと口を開けた。
店の奥では、焼きたてパンが並ぶたびに猫たちの目がきらりと光る。
じり……じり……と近づき、
ぱくっ。
もぐもぐ。
しあわせそうな顔。
そして次のパンを待つ。
完全に無限ループだった。
親方猫が床をばんばん叩く。
「これじゃ一個も売れないにゃー!」
その横でミルクも真剣な顔でうなずく。
「大事件にゃ」
いや、本当に大事件だった。
リオンは腕を組んで考える。
そして、ぽんっと手を打った。
「焼いたパンを、先に箱にしまえばいいんです!」
その場が静まり返る。
猫たちが一斉にリオンを見る。
「……箱?」
「見えなければ食べたくならないでしょう?」
猫たちは顔を見合わせた。
そして、ざわっとどよめく。
「天才にゃ……」
「人間、頭いいにゃ……」
「耳ないのにすごいにゃ……」
最後のひと言は余計だった。
さっそく大きな木箱を用意して、焼きたてパンを次々しまっていく。
ふたを閉める。
完璧。
これで安心――のはずだった。
……ぺた。
ガラス窓に、肉球。
……ぺたぺた。
また肉球。
その向こうには、顔をぺちゃんこに押しつけた猫たちが、よだれを垂らしながら並んでいた。
「食べたいにゃ……」
「匂いだけでつらいにゃ……」
「もう理性がないにゃ……」
顔がみんな大福みたいに潰れている。
リオンは吹き出した。
ミルクも笑っている。
親方猫は少し考えてから、にやりと笑った。
「よし、決めたにゃ」
その日から――
月に一度、パン食べ放題の日
が始まった。
その日は誰でも好きなだけ食べていい。
猫たちは大喜び。
パンを抱えて走る猫。
口いっぱいに詰め込む猫。
食べすぎて、その場で丸くなって寝る猫。
そして親方猫は、涙を流しながら叫ぶ。
「大繁盛にゃー!」
青い空の下、笑い声が響く。
ネコネコランドは今日も平和だった。
……たぶん。




