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ネコネコランドへようこそ  作者: 香月 深青
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第三十八話 ルナがおこった日

朝のネコネコランドは、いつものようにやさしい光に包まれていた。


広場にはぽかぽかと陽だまりが広がり、木々の葉が風に揺れて、さわさわと心地よい音を立てている。

小鳥たちの楽しそうなさえずりが空から降りそそぎ、どこからか焼きたてのパンのいい香りまで流れてきた。


今日も、穏やかでにぎやかな一日が始まる――

誰も、そう思っていた。


「ルナー!」


元気いっぱいの声とともに、チャイが広場を駆けてくる。


しっぽをぶんぶん振りながら、そのままぴょんとルナの隣へ飛び乗った。


いつもなら、ここでルナがやさしく笑う。


「おはよう」と小さく返してくれたり、前足でそっと頭をなでてくれたりする。


でも、今日は違った。


ルナの耳が、ぴくりと動く。


それだけ。


いつもみたいに前足は動かない。


やわらかな目も、こちらを見ない。


視線だけが、すっと横へ流れる。


そして、小さく鼻を鳴らした。


「……ふん」


チャイの動きが、ぴたりと止まる。


耳も止まる。


しっぽも止まる。


「……にゃ?」


きょとん、と首をかしげる。


そっと、もう一度だけ声をかける。


「ルナ?」


ルナはちらりと見る。


でも、そのあと、またぷいっとそっぽを向いた。


ふわりと揺れたしっぽだけが、少しだけ速く左右に動いている。


明らかに、いつもと違う。


チャイの目がみるみる丸くなる。


「怒ってるにゃーーー!?」


その大声に、みんなが集まってきた。


リオンが目をぱちくりさせる。


「え、本当に?」


マロンは胸の前で両手をぎゅっと握る。


「ど、どうしたんだろう……」


シロップはルナのまわりを静かに一周して、くんくんと鼻を動かす。


「……いつものにおい」


「そこじゃないと思うよ」


リオンがつっこむ。


少し離れたところから見ていたインクが、静かに口を開いた。


「……かなり怒ってる」


「わかるの?」


リオンが振り向く。


インクは、ルナのしっぽの先を見ながら小さくうなずく。


「先だけ、速く揺れてる」


みんなの視線が集まる。


ぱたん。


ぱたん。


たしかに、ほんの少しだけ速い。


静かな怒りだった。


チャイの耳が、しゅんと下がる。


「ぼく、何かしたにゃ……?」


その場で頭を抱えて、ぐるぐる考えはじめる。


そして、はっと顔を上げた。


「昨日、こっそりおやつをひとつ多く食べたにゃ!」


「自白した!」


リオンの声が響く。


「でもルナのおやつじゃないにゃ!」


「別件なんだ……」


シロップが前足をあげる。


「ぼく、においかいだ」


「それは毎日だよ」


「……長くかいだ」


「告白大会になってるよ」


マロンも、おずおずと手をあげる。


「ぼく……この前、大きなくしゃみした……」


「それはかわいいだけだよ」


その横で、インクが遠くを見る目になる。


「……心当たりが多すぎる」


みんなが一斉に振り向く。


「何したの!?」


でもインクは静かに目を閉じるだけ。


何も語らない。


謎だけが増えた。


そんなみんなの様子を、ミルクは少し離れたところから静かに見ていた。


それから、ふっと目を細める。


「……なるほどにゃ」


「わかったの?」


リオンが目を丸くする。


ミルクは何も言わず、ルナの隣へ歩いていく。


そして、そっと耳元で何かをささやいた。


その瞬間――


ルナの耳が、ぴくりと動く。


目が、わずかに揺れる。


でも、まだ横を向いたまま。


ミルクはくすっと笑った。


「やっぱりにゃ」


そして、みんなのほうを向く。


「昨日の夜のこと、覚えてるにゃ?」


みんなは顔を見合わせる。


昨日の夜。


みんなでくっついて眠った、あのぎゅうぎゅうの夜。


チャイはミルクにくっついて。


シロップはリオンの胸のあたりで丸くなって。


マロンは腕のそばで安心した顔で眠って。


インクは足元で静かに目を閉じていた。


……そして。


ルナだけが、いちばん端っこ。


みんな、はっとする。


リオンが思わずつぶやく。


「まさか……」


ミルクが、やさしくうなずいた。


「もっと、くっついて寝たかったにゃ」


みんなの視線が、そっとルナへ集まる。


ルナの耳が、みるみる赤くなる。


しっぽが落ち着かなく左右に揺れる。


前足で胸元をぎゅっと押さえて、うつむいたまま、小さな声で言った。


「……だって……」


声が、かすかに震える。


「……みんな、あったかそうだったから」


あまりにもかわいい理由だった。


チャイが飛び上がる。


「そんなことだったにゃーーー!」


ルナが、じろり。


「そんなこと?」


ぴしっと空気が止まる。


チャイは背筋を伸ばして即答する。


「とっても大事なことにゃ!」


その必死さに、ルナの口元が少しだけゆるむ。


リオンは笑いながら言う。


「今夜は、真ん中にしよう」


マロンもこくこくとうなずく。


「ぼく、場所あける」


シロップも前足をあげる。


「ぼく、いっぱいくっつく」


インクが静かにひと言。


「……両側をあける」


「特等席だね」


その夜。


広いベッドの真ん中には、ルナがいた。


左にはミルク。


右にはリオン。


そのまわりを、みんながぴたりと囲む。


ぎゅうぎゅう。


むぎゅむぎゅ。


少し狭くて、少し重たい。


でも、あたたかい。


ミルクのやわらかな毛並み。


リオンのあたたかな腕。


近くから聞こえるチャイの気持ちよさそうな寝息。


シロップの小さなぬくもり。


静かに寄り添うマロンの安心した体温。


足元には、何も言わずそっとそばにいるインクの気配。


みんなのぬくもりが、やさしく重なっていく。


ルナの胸の奥で、少しだけ拗ねていた気持ちが、ゆっくりほどけていく。


ふわり、と心まであたたかくなる。


ルナは、そっと目を閉じた。


口元には、小さな笑み。


「……もう怒ってない」


静かな声だった。


でも、そのしっぽだけは――


うれしそうに、ふわり、ふわりと揺れていた。


ネコネコランドの夜は、今日もやさしくて。


少し狭くて。


とても、あたたかかった。

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