第三十六話 はじめてのアルバイトにゃ!?
昼下がりのネコネコランドには、のんびりとしたあたたかな時間が流れていた。
広場の木陰では、ルナが気持ちよさそうに目を細め、マロンは集めた花びらで小さな花の冠を作っている。
シロップは、ひらひら舞う蝶を追いかけて、あっちへぴょん、こっちへぴょん。
少し離れた石の上では、インクが静かに目を閉じ、風の音に耳を澄ませていた。
そして、その真ん中で――
「とるにゃーーー!」
チャイが全力でボールを追いかけていた。
ころころ。
ころころころ。
勢いよく転がるボールを夢中で追いかけ、飛んで、走って、また飛ぶ。
しっぽはぴんと立ち、耳もぴん。
目はきらきら輝いていて、楽しさが体じゅうからあふれていた。
「待つにゃーーー!」
大きくジャンプした、そのときだった。
どんっ。
「あ」
小さな丸テーブルにぶつかる。
上に置かれていた白いコップが、かたん、と揺れた。
右へ、ゆらり。
左へ、ゆらり。
その場にいたみんなが、思わず息を止める。
時間だけが、ゆっくり流れたみたいだった。
そして――
ぱりーん。
澄んだ音が、広場いっぱいに響いた。
風まで止まったような静けさ。
床の上には、白いかけらがきらきら散っている。
青い小さな花が描かれた、かわいらしいコップ。
ミルクがいつも大切に使っていた、お気に入りのコップだった。
チャイの顔から、みるみる色が消えていく。
耳が、ぺたんと下がる。
しっぽもしゅんと垂れ下がる。
「……あ……」
小さく震える声がもれた。
ミルクは静かに近づき、しゃがみ込んで割れたかけらをそっと見つめる。
それから、少しだけ寂しそうに笑った。
「お気に入りだったにゃ」
そのひと言が、チャイの胸に深く刺さった。
チャイは、割れたかけらとミルクの顔を何度も見た。
口が、かすかに震えている。
そして、小さな声で言った。
「……ミルク、ごめんね」
広場が、しんと静かになる。
チャイは下を向いたまま、ぽつりぽつりと続ける。
「わざとじゃないのにゃ……でも……ぼくが割ったにゃ」
「大事なコップだったにゃ」
「ごめんね……」
その声は、今にも泣きそうなくらい小さかった。
ミルクは、そんなチャイの頭にそっと前足をのせる。
やさしく、なでるように。
「大丈夫にゃ」
静かな声だった。
「チャイにケガがなくてよかったにゃ」
そのやさしさに、チャイの目がうるうると揺れる。
でも、ふるふると首を振った。
「……よくないにゃ」
顔を上げる。
その目には、まっすぐな強さがあった。
「ミルクの大事なものだったにゃ」
「ぼく、ちゃんと返したいにゃ」
次の瞬間――
がばっ、と立ち上がる。
目が、きらんと燃える。
「働くにゃ!!」
「え?」
みんながそろって振り向く。
チャイは胸を張った。
「お金を稼いで、新しいコップを買うにゃ!」
その姿は、少しだけ頼もしく見えた。
……顔はまだ、ちょっと泣きそうだったけれど。
リオンがくすっと笑う。
「アルバイトってこと?」
「そうにゃ!」
チャイは力いっぱいうなずく。
「働く猫はかっこいいにゃ!」
その勢いに、ミルクもふっと笑った。
「じゃあ、みんなで行くにゃ」
「え、みんな?」
リオンが目を丸くする。
ルナが静かに微笑む。
「ひとりより、みんなのほうが楽しいもの」
マロンも小さく手をあげる。
「ぼ、ぼくも頑張る」
シロップは目をきらきらさせる。
「……働くって、おいしい?」
「たぶん違うよ」
リオンが答える。
その横で、インクが静かに立ち上がった。
「……少し興味がある」
何に、とは言わない。
でも、そのひと言で参加決定だった。
向かった先は、ネコネコランドで人気の魚屋さん――
ねこねこ鮮魚店。
店の前には、大きな氷の台がずらりと並び、その上には銀色に光る新鮮な魚たち。
海の香りがふわりと広がり、店先には元気な声とにぎやかな笑い声があふれていた。
店の奥から、丸いお腹を揺らしながら店主の猫が出てくる。
みんなを見て、にっこり笑った。
「いらっしゃいにゃ」
チャイが一歩前に出る。
背筋をぴんと伸ばし、大きな声で言う。
「働きたいにゃ!」
店主は、みんなをじーっと見回した。
元気いっぱいのチャイ。
落ち着いたミルク。
やさしい目のルナ。
少し緊張したマロン。
魚を見て鼻をぴくぴくさせるシロップ。
静かな存在感のインク。
そして、少し不安そうなリオン。
やがて、店主は大きくうなずいた。
「楽しそうだから採用にゃ」
「理由、それでいいの!?」
リオンの声が、店先いっぱいに響く。
そのひと言とともに――
ネコネコランド史上、いちばんにぎやかなアルバイトが始まろうとしていた。




