第二十七話 名前を呼ぶにゃ
ネコネコランドの朝は、いつもと同じようにやわらかく始まっていた。
風が草を揺らすたびに、光がきらりとこぼれ、広場にはゆったりとした時間が流れている。
その中で、新しい子は少し離れた場所から、みんなの様子を静かに見つめていた。
昨日よりも、ほんの少しだけ体の力が抜けている。
けれどまだ、どこか遠慮するような気配も残っていた。
リオンはその姿を見て、やさしく近づく。
足音を立てないように、そっと。
「ねえ」
やわらかな声で呼びかける。
「まだ名前、聞いてなかったよね」
その言葉に、新しい子の体がぴくりと揺れた。
ほんの少しだけ視線が下を向く。
そして、ためらうように口を開く。
「……ないの」
小さな声。
風にほどけてしまいそうなほど、静かな言葉だった。
「呼ばれてなかったから……」
その一言に、空気がわずかに静まる。
けれど、それは重たい沈黙ではなかった。
ただ、そこにある気持ちを、みんながそっと受け止めた時間だった。
ミルクが、ゆっくりと前に出る。
「じゃあ、ここで決めるにゃ」
いつものようでいて、どこかやさしい声。
「名前は大事にゃ」
その言葉に、チャイがすぐに反応した。
「ぼく決めるにゃ!」
元気よく前に出る。
「ちょっと待って!」
リオンが慌てて止める。
「早すぎるよ」
「じゃあ、“おさかな”!」
「なんで!?」
「好きだから!」
「それはチャイの名前でしょ!?」
思わず笑いがこぼれる。
ルナが、くすっと小さく笑いながら言った。
「やさしい名前がいいな……」
その声は、やわらかくて、あたたかかった。
マロンも、少し考えてから口を開く。
「……あたたかい感じ……」
その言葉に、空気が少しだけほぐれていく。
みんなが、それぞれに考えている。
どんな名前がいいのか。
どんなふうに呼びたいのか。
新しい子は、その様子をじっと見つめていた。
少し不思議そうに。
少し戸惑いながら。
リオンは、その子の隣にしゃがみ込む。
同じ目線になるように。
「どんな名前がいい?」
やさしく問いかける。
急かさずに、待つように。
新しい子は、しばらく考えてから、小さく言った。
「……やさしいのがいい……」
その言葉に、リオンはふっと微笑む。
少しだけ空を見上げてから、もう一度その子に向き直る。
「じゃあね」
ゆっくりとした声で言う。
「シロップ、ってどうかな」
甘くて、あたたかくて。
ゆっくりと広がるような名前。
その響きは、どこかこの場所に似ていた。
ミルクが静かにうなずく。
「いいにゃ」
チャイも元気に言う。
「おいしそうにゃ!」
「そこ!?」
リオンが笑う。
ルナはやさしく微笑む。
「ぴったりだと思う……」
マロンも小さくうなずいた。
「……いい名前……」
インクは静かに目を細める。
「……響きが穏やかだ」
みんなの視線が、ひとつに集まる。
新しい子は、少しだけ驚いたように目を開いていた。
そして、そっと口を動かす。
「……シロップ……」
はじめて、自分の名前を呼ぶ。
その音が、胸の奥に落ちていく。
もう一度。
「シロップ……」
今度は、ほんの少しだけはっきりと。
リオンがやさしく笑う。
「よろしくね、シロップ」
ミルクが前足を差し出す。
「ようこそにゃ」
チャイが嬉しそうに言う。
「いっぱい遊ぶにゃ!」
ルナがそっと手を伸ばす。
「いっしょにいようね……」
マロンが小さくうなずく。
インクは静かに言った。
「……いい名前だ」
その中で、シロップは――
ほんの少しだけ、笑った。
名前を呼ばれる。
そのやさしい音が、心の奥に広がっていく。
ネコネコランドの朝は、今日もあたたかくて。
そしてまたひとつ、小さな“名前”が生まれたのだった。




