第二十五話 迎えに行くにゃ
ネコネコランドの朝は、やわらかな光に包まれていた。
草の上にはまだ夜の名残の露が残り、風が通るたびに、きらりと小さく光る。
遠くでは、小鳥の声が静かに重なり、街はゆっくりと目を覚ましはじめていた。
その中で――
「今日は、行くにゃ」
ミルクが、ぽつりと言った。
その声は、いつもより少しだけ低く、まっすぐだった。
リオンは、その一言で分かった。
今日は、ただのお出かけじゃない。
「……迎えに行くの?」
ミルクは、小さくうなずく。
しっぽが、ゆっくりと揺れる。
「まだ、ひとりでいる子がいるにゃ」
その言葉に、朝の空気がほんの少しだけ静かになる。
チャイも、ルナも、マロンも。
誰も騒がない。
ただ、ミルクを見ていた。
インクが、静かに問いかける。
「……場所は分かっているのか」
「分かるにゃ」
ミルクは迷いなく答える。
「呼んでるにゃ」
その言葉は、説明ではなく、確信だった。
リオンの胸が、きゅっと小さく締まる。
「わたしも行く」
自然に口から出た。
ミルクはちらりとリオンを見て、やさしくうなずいた。
「一緒に行くにゃ」
その瞬間。
風が、すっと変わる。
ネコネコランドの景色が、やわらかくにじみはじめた。
光がほどけ、色が淡くなり、足元の草が遠ざかっていく。
リオンは、目を閉じた。
ほんの一瞬の静けさ。
そして――
目を開ける。
そこは、現実の世界だった。
空は少し曇っていて、光はやや鈍い。
空気はひんやりとしていて、ネコネコランドとは違う重さがあった。
通りのすみ。
人の流れの影に隠れるように、小さな影がひとつ。
白と灰色の混ざった、小さなねこ。
体をぎゅっと丸めて、動かない。
通り過ぎる人はいるのに、誰も気づかない。
まるで――そこにいないみたいに。
「……あの子にゃ」
ミルクの声が、静かに届く。
リオンは、ゆっくりと歩き出した。
足音をできるだけ立てないように。
距離を詰めすぎないように。
その子は、顔を上げた。
大きな目。
警戒と、不安と――
そして、どこかあきらめたような色。
リオンは、その前でそっとしゃがむ。
すぐには触れない。
ただ、同じ高さで。
「大丈夫だよ」
小さな声。
風に乗って、やさしく届く。
「ひとりじゃないよ」
ねこの耳が、わずかに動く。
ミルクが、静かに一歩前に出た。
「迎えに来たにゃ」
その声は、押しつけるような強さも、迷うような弱さもなかった。
ただ、まっすぐだった。
ねこは、じっとミルクを見る。
時間が、ゆっくりと流れる。
ほんの数秒なのに、長く感じる静けさ。
やがて――
小さく、一歩。
ほんの少しだけ、前に出た。
その一歩が、すべてを変えた。
ミルクは、そっと前足を差し出す。
「一緒に行くにゃ」
ねこは、ためらいながらも――
その前足に、自分の足を重ねた。
その瞬間。
風が、やさしく包み込む。
景色がほどけ、色が戻る。
あたたかな空気が、ふわりと広がる。
ネコネコランドの匂い。
草のやわらかさ。
光のぬくもり。
「おかえりにゃ」
明るい声が響く。
チャイが笑っている。
ルナがやさしく手を振る。
マロンが静かに見守り、インクが少しだけ目を細めていた。
ねこは、少しだけ驚いた顔をする。
でも――
すぐに、その体から力が抜けた。
「ここは……」
小さな声。
リオンは、やさしく笑う。
「ネコネコランドだよ」
ミルクが胸を張る。
「もう、ひとりじゃないにゃ」
ねこは、ゆっくりとうなずいた。
その目に、ほんの少しだけ光が戻る。
風が、やさしく通り抜ける。
その中で、みんなの距離が少しずつ近くなる。
ネコネコランドの朝は、今日もやさしくて。
そして――
またひとつ、小さな“帰る場所”が増えたのだった。




