第二十話 売れない野菜、大ピンチにゃ!?
ネコネコランドの朝は、今日もにぎやかだった。
石畳の通りには朝市の屋台がずらりと並び、焼きたてのパンの香ばしい匂いや、甘い果物のやわらかな香りが風にのって広がっている。
通りを行き交うねこたちの足音や、元気な呼び込みの声が重なり合って、街全体が目を覚ましていくようだった。
「いいにおい〜!」
リオンは思わず立ち止まり、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
隣を歩くミルクも、満足そうにしっぽを揺らしている。
「今日は朝市をゆっくり見るにゃ」
そんなふうに話しながら歩いていると――
「……うにゃあ……」
ぽつん、と小さな声が落ちてきた。
にぎやかな通りの中で、その声だけが不思議と浮いて聞こえる。
リオンは足を止め、そっと声の方へ目を向けた。
通りのすみ、小さな屋台の前。
そこにいたのは、茶色いねこだった。
目の前には野菜が並んでいる。
つやつやと光る赤いトマト。
丸くてぎゅっと詰まったキャベツ。
少しだけ曲がった、やさしい形のニンジン。
どれも新鮮で、美味しそうで――
なのに。
そこだけ、ぽっかりと人の流れが途切れていた。
「どうしたの?」
リオンが近づいて声をかけると、ねこはゆっくり顔を上げた。
「……野菜が、全然売れないにゃ……」
その声は、今にも消えてしまいそうなくらい弱かった。
「えっ!? こんなに美味しそうなのに?」
思わず前に出て、リオンは野菜を見つめる。
ミルクも隣でじっと観察していた。
「ほら、このニンジン……」
ねこは一本を手に取る。
「ちょっと曲がってるにゃろ?」
リオンはそっと受け取った。
くるん、とやさしく曲がったその形は、まるで笑っているみたいだった。
「かわいいのに」
ぽつりとこぼれた言葉に、ねこは少しだけ目を伏せる。
「でも……“まっすぐじゃない”って、買ってもらえないにゃ……」
しっぽが、力なく地面に触れる。
「それに……どうやって売ればいいかも分からなくて……」
その言葉に、ミルクがふむ、と小さくうなずいた。
「なるほどにゃ……これは“売り方”の問題にゃ」
「売り方?」
リオンが聞き返した、そのとき――
「まかせるにゃあああ!!」
ばたばたっ、と元気な足音が飛び込んできた。
振り向くと、チャイとルナが勢いよく現れる。
「こういうときはイベントにゃ!」
チャイはぴょんっと屋台の上に飛び乗り、得意げに胸を張った。
「イベント?」
「そうにゃ!」
チャイはニンジンをひょいっと持ち上げる。
「このニンジン、“くるくるニンジン”にするにゃ!」
「名前つけるの!?」
リオンが驚くと、ルナもぱっと顔を輝かせた。
「じゃあこれは、“ぽっちゃりキャベツ”!」
「それ、ちょっと正直すぎない……?」
思わず笑ってしまう。
「いいのにゃ! かわいいは強いにゃ!」
チャイはまったく気にしていない様子で、どんどん看板を書き始める。
ルナも隣で手伝いながら、小さな文字を丁寧に並べていく。
『世界にひとつだけの野菜にゃ!』
その横で、ミルクが静かに言った。
「試食も出すにゃ」
「えっ、そんなことまで!?」
気づけば、さっきまで静かだった屋台の前が、少しずつ色づいていく。
「はいにゃー! お味見どうぞにゃー!」
チャイの元気な声が通りに響く。
通りすがりの子ねこが、ぴたりと足を止めた。
「……これ、かわいい」
「でしょでしょ!? 食べてもおいしいにゃ!」
ぱくっ。
小さな口が動く。
そして――
「……おいしい!」
その一言で、空気がふっと変わった。
「ほんとに?」
「こっちも気になる!」
「かわいいにゃ〜」
ぽつり、ぽつりと人が集まり始める。
曲がったニンジンも、丸いキャベツも、ひとつひとつ手に取られていく。
さっきまで静かだった場所が、少しずつ笑い声で満ちていく。
「……売れてる……」
八百屋のねこは、信じられないように目を見開いた。
その手は、ほんの少し震えていた。
リオンはその様子を見つめながら、胸の奥がじんわりとあたたかくなるのを感じていた。
同じ野菜なのに。
見方が少し変わるだけで、こんなにも違う。
ミルクが静かに言う。
「売れなかったんじゃないにゃ」
少しだけ間をおいて。
「まだ、知られてなかっただけにゃ」
その言葉は、やわらかく空気に溶けていった。
八百屋のねこの目が、ゆっくりと潤んでいく。
「……ありがとうにゃ」
しっぽが、今度は嬉しそうに揺れていた。
帰り道。
通りのにぎやかさを背に、リオンは空を見上げた。
どこまでも広がる青い空。
さっきの光景が、胸の中で静かに光っている。
形がちがっても。
少し変わっていても。
それでも、そのままでいい。
ちゃんと誰かが見つけてくれる。
「また行こうにゃ」
ミルクが、そっと前足を重ねる。
そのぬくもりが、やさしく伝わってきた。
「うん」
リオンは小さくうなずく。
ネコネコランドの朝は、今日もにぎやかで、やさしい。
そしてきっと、どこかでまた、
まだ知られていない“宝物”が見つかるのだろう。




