第二話 猫になりたい!?
やわらかな朝の光が、白いカーテンを透かして部屋の中へそっと差し込んでいた。
ふかふかの大きなベッドの上で、リオンはゆっくりと目を覚ました。
知らない天井。
鼻をくすぐるのは、干したての毛布のような、あたたかくて優しい匂いだった。
夢じゃなかった。
昨日見た、不思議な猫たちの世界――ネコネコランド。
体を起こそうとした時、胸のあたりにほんのりとした重みを感じた。
見ると、真っ白な猫が丸くなって眠っている。
小さく寝息を立てながら、しっぽをゆらりと揺らし、頭にはころんと小さな王冠が転がっていた。
どうやら寝ている間にずれてしまったらしい。
どれだけ気品ある王女様でも、寝顔はやっぱり猫だ。
思わず頬がゆるむ。
そっと頭を撫でると、ミルクは目を閉じたまま気持ちよさそうに喉を鳴らした。
ごろごろ、ごろごろ。
懐かしい音だった。
あの小さかった頃と、何ひとつ変わっていない。
「おはよう、ミルク」
優しく声をかけると、ミルクはぱちりと目を開けた。
宝石みたいな青い瞳が、まっすぐリオンを見つめる。
そして次の瞬間、王女らしくぴしっと背筋を伸ばし、きりっとした顔で言った。
「大変にゃ」
その一言で、リオンの眠気は一気に吹き飛んだ。
「えっ、どうしたの?」
ミルクは真剣な顔のまま、じっとリオンを見る。
「そのままだと、すごく目立つにゃ」
「……私?」
「そうにゃ。この国に、人間はいないにゃ」
言われてみれば、昨日見かけたのは猫ばかりだった。
パンを焼く猫がいて、魚を元気よく売る猫がいる。
新聞を広げて読んでいる猫までいて、歩いているのも、笑っているのも、働いているのも、みんな猫だった。
耳があって、しっぽがあって、ふわふわしている。
リオンはそっと自分の頭に触れた。
そこにあるのは、人間の耳だけ。
お尻のあたりを確かめてみても、もちろんしっぽはない。
「ほんとだ……何もない……」
ミルクは小さな手を折りながら数え始める。
「耳がないにゃ」
一本目。
「しっぽもないにゃ」
二本目。
「つるつるにゃ」
三本目。
そこでミルクは少し目をそらし、もじもじと小さな声で言った。
「……あと、ちょっとだけ」
「ちょっとだけ?」
「お腹を触りたいって言ってたにゃ」
「なんで!?」
思わず大きな声が出る。
ミルクは真顔で答えた。
「ふわふわしてない場所が珍しいにゃ」
妙に納得してしまう説明だった。
「ということで――」
ミルクがぱんっと手を叩く。
すると部屋の奥の扉が開き、何匹もの猫たちがぞろぞろと入ってきた。
ふわふわの布や可愛らしいりぼん、それに耳飾りやしっぽ飾りまで抱えていて、どう見ても猫用の衣装係だった。
「へ……?」
リオンが戸惑っている間にも、あれよあれよと着替えさせられていく。
頭には白くてやわらかな猫耳。
腰にはふわふわと揺れるしっぽ。
体には動きやすい、やさしいクリーム色の服。
鏡の前に立たされ、リオンは目を丸くした。
そこに映っていたのは、少しだけ猫になった自分だった。
「……かわいい」
ぽつりとこぼれた本音に、ミルクは得意そうに胸を張る。
「当然にゃ。ミルクが選んだにゃ」
けれど、本番はここからだった。
「歩いてみるにゃ」
「歩く?」
「猫らしく、しなやかににゃ」
こうして、ミルク先生の特訓が始まった。
「胸を張るにゃ」
「はい」
「もっと優雅ににゃ」
「こう?」
「かたいにゃ」
「難しい……」
「あと、語尾は“にゃ”を意識するにゃ」
「そ、それも必要にゃ……?」
思わず自分で言ってしまい、リオンは顔を赤くする。
ミルクは満足そうにうなずいた。
「いい感じにゃ」
その時、開いた窓から何匹かの子猫がひょこっと顔をのぞかせた。
「新入りにゃ!」
「耳かわいいにゃ!」
「しっぽ短いにゃ!」
「でも似合うにゃ!」
一斉に褒められて、リオンは照れくさそうに笑う。
頬が熱い。
けれど、不思議と嫌じゃなかった。
鏡の中には、少しだけ猫になった自分。
その隣には、誇らしげに胸を張る白い王女。
リオンは小さく微笑んだ。
「……ここで暮らすのも、楽しそう」
するとミルクは嬉しそうにしっぽを大きく揺らした。
「楽しいにゃ」
青い空の下、笑い声の絶えない優しい世界で、リオンの新しい毎日は少しずつ猫色に染まっていくのだった。




