第十八話 星の記憶をあつめる夜
ネコネコランドの夜は、静かだった。
昼間のにぎやかさが嘘みたいに、街はやわらかな月明かりに包まれている。
石畳は白く光り、風はひそやかに通り抜ける。
リオンはひとり、空を見上げていた。
その時だった。
ひとつ、またひとつ――
小さな光が、空から落ちてきた。
まるで星のかけらのように、ふわり、ふわりと。
「……きれい」
思わず手を伸ばす。
ひとつの光が、そっとリオンの手のひらに落ちた。
触れた瞬間――
胸の奥に、何かが流れ込んでくる。
知らない景色。
知らない声。
それでもどこか、あたたかい記憶。
「これ……なに……?」
戸惑うリオンの背後から、静かな声がした。
「……それは、忘れられた記憶だ」
振り返ると、インクがそこにいた。
金色の瞳が、夜のように静かに光っている。
「誰かの、大切だった思い出」
リオンは手の中の光を見る。
やさしくて、少し切ない。
「どうして、落ちてくるの?」
「忘れられたからだ」
短い答え。
でも、その言葉はどこか寂しかった。
「名前と同じだ」
インクは空を見上げる。
「呼ばれなくなれば、やがて消えていく」
その言葉に、リオンの胸がかすかに痛んだ。
ふと、隣に気配を感じる。
マロンだった。
落ちてくる光を、じっと見つめている。
その目は、どこか遠くを見ているようだった。
「マロン……?」
小さく呼ぶ。
その時。
ひとつの光が、マロンの前に落ちた。
触れた瞬間――
マロンの体が、ぴくりと震える。
そして。
「……やめて……」
かすれた声。
リオンは息をのむ。
マロンの目に映っているのは、今ここではない。
暗い路地。
冷たい地面。
遠ざかっていく足音。
振り返らない背中。
――ひとりぼっち。
「やだ……行かないで……」
小さな声が震える。
リオンの胸がぎゅっと締めつけられる。
あの日の記憶。
捨てられた日の、痛み。
「マロン」
リオンはすぐにしゃがみ、そっと声をかける。
でも、すぐには触れない。
あの時と同じように。
「ここにいるよ」
静かに、でもはっきりと。
マロンの耳が、わずかに動く。
「今のマロンは、ひとりじゃない」
風がやさしく吹く。
落ちてくる光が、ふたりを包む。
「ここにいる」
もう一度、ゆっくりと伝える。
「ミルクも、ルナも、チャイも……インクも」
マロンの震えが、少しずつ小さくなる。
リオンはそっと手を伸ばし、マロンの前足に触れた。
あたたかい。
「……リオン……」
かすかな声。
その目に、今の世界が戻ってくる。
「怖かったね」
やさしく微笑む。
マロンの目から、ぽろりと涙がこぼれた。
でもその涙は、前とは少し違っていた。
「……今は……大丈夫……」
小さく、でも確かに言う。
その言葉に、リオンの胸があたたかくなる。
インクは静かにその様子を見ていた。
そして、ぽつりとつぶやく。
「……記憶は、消えるわけじゃない」
金色の瞳が、やわらかく揺れる。
「誰かが思い出してくれる限り」
夜空から落ちる光が、少しだけ輝きを増した気がした。
リオンは空を見上げる。
星は静かに瞬き、記憶はやさしく降りてくる。
忘れられても。
消えかけても。
誰かが手を伸ばせば、また灯る。
「また来よう」
リオンは小さくつぶやいた。
マロンがうなずく。
その瞳には、もうさっきの影はなかった。
ただ、あたたかな光があった。
ネコネコランドの夜は、今日も静かにやさしい。
星の記憶を抱きしめながら。




