第十二話 つれたのは魚じゃなくて…!?
ネコネコランドの朝は、太陽の光をいっぱいに浴びて、きらきらと輝いていた。
どこまでも続く青い空には、綿菓子みたいな白い雲がのんびりと浮かび、花の香りを運ぶやさしい風が、石畳の道をふわりと駆け抜けていく。
広場の花壇には色とりどりの花が咲き、小鳥たちが楽しそうに歌っていた。
そんな穏やかで気持ちのいい朝――その空気を見事に壊す、大きな声が広場いっぱいに響いた。
「みんな、聞くにゃーー!!」
広場のまんなかには、ぴかぴかの王冠を頭にのせ、なぜか真っ赤なマントまでひるがえしたミルクが、得意げな顔で立っていた。
小さな前足を高く掲げ、王様らしく胸を張る姿は立派……なのだけれど、どう見てもこれから魚釣りに行く格好ではない。
リオンは思わず目をぱちぱちさせた。
「……ミルク、その格好で行くの?」
「もちろんにゃ!」
ミルクは胸を張ったまま、きらんっと目を輝かせる。
「本日開催! 第一回・ネコネコランドわくわく魚つり大会にゃー!!」
いつの間に用意したのか、小さな旗までぶんぶん振っている。
「優勝した者には――」
ここで、わざとらしく間をあける。
みんながごくりと息をのんだ、その瞬間。
「ミルク王国・魚つり王の称号を授けるにゃ!!」
しーん。
一拍遅れて、リオンがつっこんだ。
「それ、ミルクが勝手に決めたよね?」
「もちろんにゃ!」
えっへん、と鼻を高くするミルク。
その横で、チャイだけは別の意味で目を輝かせていた。
「お魚……食べられる?」
「そこ!?」
リオンのつっこみが今日も冴える。
ルナは小さく前足を胸の前で合わせ、困ったように首をかしげた。
「でも……お魚さん、痛くないかなぁ……」
そのやさしいひと言に、一瞬だけみんなの動きが止まる。
すると、頭の上の木の枝から、さらりと静かな声が落ちてきた。
「……そもそも釣れない」
見上げると、黒いしっぽを枝からゆらゆら揺らしながら、インクが静かにこちらを見下ろしていた。
金色の瞳は相変わらず涼しげで、どこか少しだけ面白がっているようにも見える。
ミルクの耳がぴくっと立つ。
「釣れるにゃ!!」
「……無理」
「釣れるにゃー!!」
「……たぶん長靴」
「なんで長靴にゃ!?」
「似合いそうだから」
「どういう意味にゃーー!!」
朝の広場に、ミルクの叫び声が元気よく響いた。
そんなやりとりをしながら、一行は笑い声に包まれて、きらきら湖へ向かった。
湖は朝の光をいっぱいに受けて、宝石を砕いて散りばめたようにきらめいていた。
風が吹くたび、水面には小さな波が生まれ、陽の光を反射してさらさらと踊る。
木々の緑も、空の青さも、水の匂いも、ぜんぶが気持ちいい。
――ここまでは、最高の釣り日和だった。
「いくにゃあああ!!」
ミルクが気合いっぱいに釣り糸を振り上げた、その瞬間――
ぽーんっ!
頭の王冠が空高く飛んだ。
太陽の光をきらりと反射しながら、くるくる回って湖へ一直線。
「あっ……王冠にゃーー!!」
ミルクは迷うことなく、王様らしからぬ見事な飛び込みを見せた。
どぼーーーん!!
大きな水しぶきが、あたり一面に降りそそぐ。
「ミルクー!」
助けようとしたチャイも勢いよく飛び込み――
どぼーん!!
次の瞬間。
ばしゃんっ!!
水の中から飛び上がった大きな魚が、見事にチャイのおでこへごつん。
「いたぁーい!」
ぷかぷか浮かびながら涙目になるチャイの姿に、リオンは思わず吹き出した。
一方そのころ、岸辺ではルナが真剣な顔で魚に話しかけていた。
「けんかしちゃだめぇ……仲良くしよう?」
すると不思議なことに、大きな魚はぴたりと暴れるのをやめ、すいっとルナのそばへ寄ってくる。
「なでてほしいの?」
ルナがそっと頭をなでると、魚は気持ちよさそうに目を細めた。
「仲良くなってる!?」
リオンがびっくりする。
少し離れた木陰から、その大騒ぎを眺めていたインクが、しっぽをひとつ揺らしてぽつりと言った。
「……一番釣れてるのは、魚じゃなくて騒ぎだ」
そのひと言に、リオンは思わず笑ってしまう。
――確かにその通りだった。
魚は一匹も釣れていないのに、笑いだけは大漁である。
その時だった。
リオンの持っていた釣り竿が、ぴくりと揺れた。
「あれ……?」
ぐいっ、と糸が引っ張られる。
思ったより重い。
「なにか釣れた!」
その声に、びしょぬれのミルクも、頭を押さえるチャイも、魚となかよくなったルナも、木陰にいたインクまで集まってきた。
「伝説のお魚にゃ!?」
「大きかったら食べきれないかも!」
「どんな子かなぁ……」
「……長靴」
「まだ言うにゃ!?」
みんなが見守る中、リオンが力いっぱい竿を引き上げる。
ざばぁっ!!
水しぶきと一緒に現れたのは――
古びた長靴。
しん、と静けさが落ちる。
……けれど次の瞬間。
「あははははっ!」
最初に笑ったのはリオンだった。
それにつられてミルクが転がるように笑い、チャイもお腹を抱え、ルナまでくすくす笑い出す。
インクもほんの少しだけ、口元をゆるめていた。
――その時。
ぴちっ。
長靴の中から、小さな魚がひょこっと顔を出した。
みんな、ぴたりと止まる。
魚はぴょこん、と飛び出して――また長靴の中へ戻る。
ぴちっ。
ぴょこん。
ぴちっ。
ぴょこん。
その不思議な光景を見つめたあと、ミルクが大きく目を見開いて叫んだ。
「長靴が魚を釣ってるにゃーーー!!」
そのひと言で、湖のほとりはまた大笑いに包まれた。
青い空の下、きらきら光る湖のそばで響く笑い声は、風に乗ってネコネコランドじゅうへ広がっていく。
今日もこの国は、やっぱりやさしくて、にぎやかで、とびきり楽しい場所だった。




