第9話 先生、ありがとう
母とのお散歩後。
一ヶ月ほど経って、私はあるものの前で仁王立ちしていた。
「やっぱり……」
目の前にあるのは、初代様の肖像画だ。
無理を言ってオネダリし、自分の部屋に飾ってもらったのである。
一応家宝とはいえ、ただの絵画だ。
申し訳ないと思いつつ、恥を忍んで「欲しい! これ欲しい~!」と大騒ぎしてみると、お疲れの母は「はいはい、じゃあ後で飾ってもらいましょうね」とすぐに折れてくれた。
(ちなみにAPが10増えた。)
幼児がイタズラしないようにと、壁の一番高い場所に飾られている。
可愛らしい壁紙と、ほかの可愛らしい絵画に混じったいかめしい甲冑のおじさんは、浮いていることこの上ない。
ワガママ言ってごめんね、ニルリーナママン。
でも、あなたの為なんです。
……最近、母の訪問ががくんと減った。
たまにやってくる母のやつれ方は酷いものがある。
きっと、押し付けられた仕事が更に増えたのだろう。
でも、それももう、終わらせてみせる。
「う……、う、うわぁぁぁあーん!!」
「お嬢様!?」
こっそり、謎汁の残りを全部飲んだ。
皮袋が手の中でパッと消える。
(ちなみに、謎汁は喜ばしいことに劣化していなかった。)
とにかく泣いた。
全力で泣いた。
耳が痛くなるほど泣いた。
だって知っているのだ。
今日、この屋敷には、久しぶりにクソ親父が帰ってきていることを。
「お嬢様っ、ど、どうされたのですか!? どこか痛いですか!?」
必死に泣き止ませようとしてくれるナールさんに良心が痛む。
ピコンピコンとAPが増える音が鳴り止まない。
人生初の企み事に、まるで悪役令嬢スキルが喜んでいるかのようだ。
「ぅ、うわぁぁぁあ!うわぁぁん!」
「五月蝿いぞ!! おいお前、早く黙らせろッ!」
バンと扉を開けてクソ親父がやって来た。
母の髪を引っ掴んでいる。
私の怒りと共にAPがピピピピピピと増えていく。
「痛……っ。痛い! 止めてアナタ! う、ああ、アナスタシア。ど、どうしたの!?」
放り出されるようにやって来た母がしゃがんで抱きしめてくれる。
「ウーッ。う、うう。ははうえっ。うーっ」
謎汁の効果が凄すぎてなかなか泣きやめない。
それでも私は、指さした。
──色の戻った、初代様の肖像画を。
「なに、どう、した、の……」
母が、肖像画を見上げて黙った。
そして、肖像画の存在に気づいた父が、顔を真っ青にした。
「うわぁぁん! ち、ちちうっえ、ちちうえ、嘘つき! うわぁぁん!」
“もしも油絵が黄色くなってしまった場合は、明るい場所に飾ってあげてくださいね。ものによっては色が戻ることがありますから”
美術の先生、ありがとう。
──私たち親子とナールさんの前には、青空のように真っ青な瞳をした初代様の姿があった。




