第10話 伯父様
結論から言うと、父は初代様の瞳の色のことを知っていた。
その上で母に「青い瞳は浮気の証拠」だとモラハラの限りを尽くし、仕事の重責を負わせ、あらゆる方法でこき使っていた。
母は、「こき使われていることを周囲にバラしたら、お前の不貞を親戚中に伝える」と脅されていたらしい。
不貞などしていないが、証明する方法がない母は、言うことを聞くしか無かった。
貴族の女性にとって、醜聞は死に等しい。
親戚を頼れなくなるのも、貴族の女性にとっては致命的だ。
母は特にそういったことに耐えられないタイプだったようで、言われるままにひたすら仕事をこなしてしまった。
慣れない当主の仕事。
プレッシャー。
夫からのパワハラ、モラハラ。
夫の浮気。
脅迫。
様々な要因で徐々に思考力を奪われていた母は、本当に潰れる寸前だった。
◇
「アナスタシア~! ほら、これをご覧なさい」
光の溢れる温室で、母に優しく呼ばれて振り返る。
「はぁーい!」
駆け寄ると、母が、植木鉢に植わった小花を見せてくれた。
「ちっちゃくて、ピンク色で可愛いでしょう。ふふ、アナスタシアのようよ」
「ふへ」
褒められ、くすぐったくてまた笑ってしまう。
……あの肖像画事件の日から、もう半年が経っていた。
父は、勇気を取り戻した母により裁かれた。
母は逆に、父の悪行を親戚中すべてに伝えたのだ。
もちろん、お家騒動は免れない。
当主の資格無しと判断された父は即刻親族会議にかけられた。
そうなると次の当主決めの戦争になる。
それがこじれて武力にでも発展すれば、最悪、家のお取り潰しもありうるが……。
「ふふ、夢みたい。こんなに穏やかに暮らせる日が来るなんて」
微笑む母に撫でられる。
そして、もうひとつ手がのびてきて、私を撫でた。
「本当にお手柄だったね、アナスタシアちゃん」
母の横には、長身の男性がいた。
彼はクロード伯父様という。母の兄である。
小物すぎる父は、この一件優しそうなクロード伯父様によって完全に断罪された。
まだ幼い私には伝えられなかったが、いつものかしましメイドたちによると、どうやら……「断種」をされたらしい。
おお、怖い。
その上で、皇帝陛下の信頼を裏切って当主業務を怠ったとして、貴族の資格を剥奪、平民落ちとなった。
そもそも父は、一人っ子だったために血筋で当主に選ばれただけで、大した能力は無かった。
そこにいとこの優秀な母を添えることで、本家と分家(クロード伯父様の家)のパワーバランスを取ろうとしたのが結婚の始まりだったという。
そうする必要があるくらい、クロード伯父様はチート級に優秀なのだ。
そもそもの話。
伯父様は、父の不正やモラハラを疑っていた。
それもそうだろう、優秀な妹たる母が見る見るうちにやつれていったのだから。
なんなら長男フリードリオの子育ての時からパワハラモラハラは隠れて始まっていたので、ここ最近のことで伯父は疑惑を深めた。
「浪費や当主責任の放棄の証拠はコツコツ集めていたけど、報復にニルリーナについてある事ないこと騒ぎ立てる可能性があったからね。今回のことは本当に、アナスタシアちゃんのお手柄だよ」
「ふふふーん」
言われていることを全部理解しているとバレると不自然なので、とりあえず褒められた!という風に鼻高々にしておく。
すると、「かわいーなぁ」とうりうり撫でられた。
イケメン伯父様、仕草もイケメンだなぁ。
デレっとしていると母に抱っこされた。
頬擦りされてから、膝の上でおやつを食べさせられる。
クロード伯父様も向かい合わせに座り、おやつタイムが始まった。
その間も話は続く。
「さて。……ひとまず、グウィネス本家の当分の間の当主業務は、半分を僕、半分をニルリーナが引き続き代行、次代の当主候補はフリードリオのままということで決まったよ。親戚の連中は黙らせてきたから」
「本当にありがとう、兄さん。……でも、兄さんも自分の家の当主業務があるのに……」
「ううん。もっと早くこうしてあげられればよかったって悔やんでいるよ」
すぐに救出できなかったことに負い目を感じているのだろう。伯父様は憂い顔になった。
その叔父様に、母の膝の上からクッキーを「ん!」と渡してみる。
すると……見る見るうちにデレた笑顔になった。
「アナスタシア、ありがとう」
「むふん!」
……もちろん、まだまだ問題は山積みだ。
結果としてお家騒動になったから、醜聞は家の外にも漏れている。
母の心の傷も、体の不調も、まだまだ本調子には戻っていない。
なんなら全力で押し殺していた恐怖やストレスが急に解き放たれたことで、一度高熱を出し、大きく体調を崩したくらいだ。
それに……クロード伯父様が優秀とはいえ、二つの家の管理は並大抵のことでは無いだろう。
これから解決すべきことは、本当に山積みだ。
なんなら悪役令嬢としての破滅フラグはひとつも解決していない。
だが。
願い通り、当面の「平穏」を手に入れた私は、もう一度むふん!と満足で鼻を鳴らしたのだった。
第1章はこれで終わりです。
ここまでお読み下さり、本当にありがとうございます(*^^*)
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第2章が書けたらまた投稿に参ります!