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第1話 いざ、ステータス画面

 

 見覚えのない天蓋付きベッドに、色とりどりの髪をしたメイドたち。

 

 そして極めつけは、まったく聞き覚えのない謎の言語。

 

 確信した。

 

 (ああ、これが噂の異世界転生……)

 

 生まれた直後はぼんやりしていたが、本能でほにゃほにゃ泣きながらお乳を飲むうちに、事態はさらにハッキリしてきた。

 

(ここってまさか……有名乙女ゲーの、“稲妻の(うた)”の世界?)

 

 ブラック企業で限界社畜をして死んだ自分には、最近流行りのゲームをプレイする気力と暇はなかった。

 

 それでも深夜に帰宅後、鬱状態でベッドに横たわってSNS……スイッター(旧名:Y)を流し見していると、オタク界隈で流行っているゲームの情報はちらほら入ってくる。

 

 その中で特に流行っていたのが、「稲妻の(うた)」という乙女ゲームだった。

 

 この世界がそれだと特定した理由は二つ。

 

 ひとつは、メイドや乳母の会話から聞こえてくる「ドミナントほにゃらら(文脈からすると、おそらくは“ドミナント帝国”)」という単語。(パッケージに書いてあった気がする)

 

 そしてもうひとつは。

 

 (あの壁にかかってるタペストリーの紋章も、なーんか見覚えがあるんだよなぁ)

 

 こういった視覚からの判断だ。

 

 “稲妻”関係はタイムラインに流れてくるぼんやり知識しか持ち合わせがないが、この紋章は「虎、鷹、蛇と、三本の槍、ひとすじの稲妻」というやけに猛々しい組み合わせなので覚えていた。

 

(帝国の紋章ってやつだろうな、多分)

 

 そんなこんなで私は、自分が“稲妻の詩”世界の貴族令嬢に転生したことを理解し、受け入れた。

 

 ……明らかに、酷くイレギュラーな事態に巻き込まれている。

 それなのにすんなり受け入れられたのは、おそらく社畜期間が長すぎたせいだ。

 

 「生かさず殺さず。もし死んじゃったら個人の“事故責任”」。

 

 それが裏の社訓だった我が社は、諦めた目つきの廃人を多数生み出した。

 

 社会的弱者を見抜いて「使う」会社はいくらでも存在するし、「使われざるを得ない」状況の人間もまた、腐るほどいる。

 半グレに関わった親の借金により、私はこのブラック企業に入らざるを得なくなった。

 何とか抜け出そうと足掻いてはみたが、最終的にはその意思すら貧困と恐喝により溶けていった。

 

 とはいえ。

 

(そんな状況で揉まれたせいか、なるようにしかならんと開き直れるようになったな。おまけに生まれ変わったせいか、死ぬ前より、なーんか楽観的になれた気がする)

 

 それもそうだ。

 だって環境が変われば、思考も変わる。

 

 もうあの親はいない。

 怖い人たちもクソ会社もない。

 8桁以上の理不尽な借金もない。

 

(もしかして、私、やり直せる……?)

 

 そんなことをぼんやり考えつつ、乳母から世話を受ける。

 理解できてきた周囲の状況はこんな感じだ。

 

 ①あまり統制の取れていない、庶民的なメイドたち。

 ②おそらく中級から下級クオリティの調度品、清掃具合。

 

 恐らくこれが乙女ゲー世界における「下級・中級貴族」の普通の暮らしぶりなのだろう。

 私は心の中で、グッ!とガッツポーズした。

 

(いいぞ、なんか平凡そうだ……!!)

 

 良い生活と引き換えに重い役割を背負う「お姫様」や、華々しいが破滅フラグに怯える羽目になる「悪役令嬢」のような、高位貴族への転生ではなかったようだ。

幸運すぎる。

 

 普通が一番。本気でそう思う。

 

(特別恵まれてなくていいから、絶対、今度こそ平穏に暮らしたい)

 

 むくむくと、無くしていた希望や願望が蘇ってくる。

 

(そうだ。わたしは、静かに平凡に穏やかに、幸せに生きたい……!!)

 

 カッと目を見開く。

 

 そうだ。

 私の望みはそれだ。

“平凡”。

 封印されていた願望が完全に甦る。

 

「むにゃにゃ……!! (私、平凡に、幸せになりたいんだ……!!)」

 

「……お眠り下さい、お嬢様」

 

 決意の声を泣く前兆と捉えたのか、乳母から事務的に寝かしつけられる。

 それに抗おうとしたが、赤子の体は暖かいお布団とゆらゆら揺らされる動きに抗えず、眠りに落ちそうになる。

 

「ほにゃ…………(ま、待って……)」

 

 決起集会(?)を開きたいくらいに覚醒した気分なのだ。

 寝たくない。

 そう思い、いてもたってもいられず、乳母が背中を向けた瞬間に「異世界のお約束」を試すことにした。

 

「ふえーふぁん、ふにゃーん!!(ステータス、オープン!!)」

 

 声は形にはならなかったが、ブン、と脳内で低い音がした。

 目の前に薄青い「ステータス画面」が現れる。

 

(本当に出た……!! これがステータス画面……!!)

 

 ステータス画面には、幸いにも日本語が並んでいる。 

 そこにはこう書かれていた。

 

 ───

 

 【ステータス】

 

 名前:アナスタシア・フェリーチェリス・グウィネス

 レベル:1

 種族:人間

 加護:なし

 称号:なし

 役職:グウィネス伯爵家 第二子

 

 状態:健康

 MP:10

 AP:2

 

 ───

 

 私はもう一度、心の中で拳を握って思い切り突き上げた。

 

(ザ・平凡!! いいぞいいぞいいぞ!!)

 

 加護なし、称号なし。変な役割なし。

 健康なので持病もなし。

ステータスはどうみても弱そう。

 心底安心した。


(MPってマジックポイントかな。てことはこの世界、本当に魔法があるんだ……!)

 

 異世界あるあるではあるが、実際にその可能性を目にすると興奮する。

 物騒な世界である可能性は高くなったが、曲がりなりにも貴族家の娘に生まれたのだ。

 森でキノコを採取していたら魔獣に食い殺されました……みたいな、突発的な危険は少ないはず。

 

(APはあれよね。アビリティポイントみたいな。いわゆる“スキル”を使うのに必要なポイント)

 

 ふんふん、と一通りステータスを検分して、私は満足した。

 

(健康状態はあるけど、HPがない。ということは、自分の命の残量が数値化して見えることはないってことだ。見えたら正気を保てる気がしないから助かった)

 

 慌てて戻ってきた乳母にゆらゆらされながら、ふぃ~……と安堵の息を吐いて目を閉じる。

 

 これからどんなことが起こるかは、わからない。

 

 だがひとまずの安心を得て、私はすやすやと眠りについたのだった。

 

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