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Miles Davis
Big Fun (1974)
を 聴きながら 書いていますが……、
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……さて、感覚とはなにか、……という問いかけに、これほどダイレクトに飛び込み、問いかけてくる話もそうないだろう。……デザインはそういった意味で、非常に食指を動かされる話であり、思考出来る分野でもあるように思えてならないからそのことについて思考することが私は好きだ
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……たとえば、もっとおもしろく奇妙でセクシャルな感覚をもう一例出してみようか、
……例えば、……これもこういった感覚の思考をする時に私が例に出すそれ、だが、指に絡めたはちみつのイメージだ。
それは、視覚と触覚を主に刺激している筈だが、(当事者の感覚をダイレクトに刺激しているそれらの感覚としてはそうだろう)……が、第三者的、【デザインを受け取る側】的には、……それは、視覚での刺激でしかなく、……私たちは、その他者が感じている体感を同じくダイレクトに体感することは(全く同じには出来ない)……筈だが、私たちは、その視覚から感じ取る映像を目にして、……実際に自らがはちみつを指に絡める【以上の意味と体感を持ってダイレクトに刺激を感覚として受け取る】【情報量と意味が倍増し、変質して、重なった刺激映像となり】【私たち受け手にセクシャルな感覚すら受け取らせる】【可能性がある】ということ。
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……それが、……第三者という視点であるからこそ、受け取れる重なった体感。刺激。
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……そう、私がこの雑文 デザインⅡで書きたい視点、……デザインの一面とは、デザインの持つ、第三者が受け取るセクシャルな刺激、……つまり、デザインとは、【受け手に渡る際により倍増した刺激、重なった刺激をもたらす】という【デザインの重なる可能性】という【視点】の話だ




