⑥
Miles Davis
Big Fun (1974)
を 聴きながら 書いていますが……、
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……さて、ここまで書き連ねれば、……大体、今回のデザインⅡの雑文で……作者である私が書きたい視点、概要が目の前のあなたにも……きっと見えてきている……と私は想定しているけれど……作者の話が下手すぎで……そうではなかったとしたら……申し訳ないが……、すまない。
……話を続けます。
……さて、……先の項で、……デザインの一面、【第三者が受け取る複合的で意味的な、重なった感覚刺激を交えた視覚刺激】【それをデザインが複合的に第三者に刺激として与えている】【というデザインの一面】の話をしたが、……これは、……私のような素人が……態々このような場所で改めて書くような事柄でもなく、……酷く当然の話でもある。
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……何故なら、【そもそも、デザインとはそういった複合的な刺激効果が重なることを想定して】【より効果的な刺激を第三者である受け手に感覚として】【味わってもらう為に】【創られた】【イメージ】であるからであり、【受け手が受ける刺激すら想定した上で】【そもそもデザインの複合化は行われているから】だ。
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……そして、【それ】が、【第三者が受けるデザインの効果であるとも言える】。
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……つまり、もっと端的に表現するのなら、
イメージの固定化により、【欲】を刺激し、【欲】を表面化させることにより、より、【その欲のイメージを具体的に第三者に定着化させることにより】
→【欲が固定化される】効果
……もっと言うならば、
【今まではふわふわとした形のない、何だかこういった欲だよなぁ……というふわっとしたイメージでしかなかった感覚が】【改めて言語化されて具体的に形を与えられて、絵にされて言葉にされて目の前に提示されたことで】【受け手に対して、その【名前のなかった欲に名前という固有名詞を付け】【意識させることに成功した】と言える
……ということ、だ。
……これこそが、イメージ、デザインが植え付ける、意識の固定、定着化、から生まれる(デザインの一面)、欲の共有と固定化、だ。
……私なりに名前を付けるとするなら、デザインの一面、
【欲の固有名詞化】……そんなところだろうか




