アイドル記者⑤
「寺門医院」は、オルビスから電車を3つほど乗り継いで、2時間近の辺鄙な駅にあった。駅から歩いて10分くらいで、小さな一軒家くらいのこじんまりとした診療所が見えた。軒のある玄関は今時珍しい手動ドアで、白い壁は所々に茶色い染みがつき年季を感じさせた。
カケルは玄関にあるインターホンを鳴らす。ミコトが背中越しにそれを見守っている。
しばらく待つと、すりガラス越しに人影が動いて、こちらに近づいてくるのが見えた。
カケルが居住まいを正すと同時に扉が開き、中から50代くらいの男性が顔を出した。
「どちらさまですか」
「私たち、こういうものです」
カケルの名刺を受け取ると、男性は目を細める。
「……記者さんですか。取材がしたいということでしょうか」
「ええ、そうです」
「うちを取材しても意味はないですよ」
「え」
いの一番に断り文句が出てきて、カケルは思わず落胆する。
「お忙しいとは思いますが、何とか」
「ですが、話したところで記事にはできませんから」
「どういうことですか」
「それは……」
目をそらす男性にカケルはおやと思った。
取材を断ること自体はまったく珍しい事ではない。そもそもメディアへの露出を好まない人間は多く、マスコミという存在そのものに悪印象を持ってる人間もいる。
だが、目の前の男性がメディア嫌いというわけでもなさそうだった。取材が嫌なら門前払い
をすればいいだけだからだ。
(もう少し、押せば行けるはず)
「実は、別の記事の真偽で、この医院について聞きたいことがあるんです」
「別の記事……それは、どんな?」
「このあたりの医薬品関連の企業が次々つぶれてるのは知ってますか」
「ああ」
男性の眉がわずかに動いた。
「実は、薬が届かなくなって、診療に支障をきたしているんですよ」
「本当ですか」
カケルは、寺門の了承を取って録音アプリを起動させる。
「ええ。そのことについて、実際に現場の声を聴こうという話になって伺いました」
男性は答える代わりに、半開きにしていたドアをあけ放った。
「上がってください。今は、どうせ患者さんもいませんから」
「失礼します」
「失礼しまーす」
マイペースなミコトを連れて院内に入る。受付と、向かいに数人が掛けられるソファが2脚、目に入った。患者の姿はないが、微かなアルコールの匂いが鼻をついた。奥の診療室らしき部屋に促される。
ミコトと一緒に入る。デスクチェアと相対するように患者用のいすが置かれている。ミコトは、患者用椅子に当然のように腰かけた。
「お、おまえなあ」
カケルが呆れていると、男性が丸椅子を持ってきたので、カケルはそこに腰かけた。男性はデスクの方の椅子に座った。
「申し遅れました、私院長の寺門祐樹といいます」
「早瀬カケルです」
「白鳥ミコトです」
「よろしくお願いします。それで、何から話せばいいですか」
「はい、まずこの記事を見て欲しいんですけど」
携帯できらりの動画を呼び出し、寺門に見せた。寺門はまるで睨みつけるように、動画に目を向けている。
やがて動画が終わる。
寺門が険しい表情のまま、顔を上げた。
「どうでしょうか」
「……この女の子の動画で、このあたりの医薬品企業がつぶれているってことですか」
「はい、そうです」
寺門は黙り込んだ。その表情には、きらりに対する敵意が滲んでいた。
それも無理ない話だろう。自分の医院の経営に大打撃を与えた人間が憎らしくないはずがない。
「うちは院内処方をやってるんですが、薬局を通さずに、診療所で直接薬が受け取れる仕組みです。うちみたいな田舎では結構やってるんですよ。で、3カ月前くらいですか、薬が届かなくなったんです」
「届かなくなった……急にですか?」
「最初は、納品の遅れでした。担当の人に理由を聞いたら、何か会社がごたごたに巻き込まれてるって話で。僕は2代目で、その担当の人はずっと付き合いがあって、なんとかうちの分は工面してくれてる状況を聞きました」
あまり商売に詳しいわけではないが、人間関係というものがいかに重要かがわかる。
「ただ、それも限界がありそうですね」
カケルの言葉に寺門は静かにうなずく。
「色々と手を尽くしてくれましたが、薬が足りなくなっていって、診療に影響が出るようになりました。基本的に、診療した後に薬を出しますから、足りないなんてことはあっちゃいけないわけです。それができなくなった」
寺門の表情が曇る。
「結局、他の薬品会社に頼むことにしたんです。薬は届くようになりました。ただ、それも長続きしなかった。その会社もすぐに倒産して、その次も……って感じでどんどんつぶれていきました。次第に、うちの医院に疑いを向けられるようになって……よくないうわさが立ち始めたんです」
「どんな噂ですか」
「うちが取引先に嫌がらせをしているとか、パワハラをしてるとか、そんな内容です。別の医薬品企業に相手にしてもらえなくなりました」
寺門は痛みをこらえるように眉根をゆがめる。
医療を地域の住民へ届けるために尽力しているというのに、あらぬ疑惑をむけられているのだから。
一方で、企業側の対応にも理解はできる。取引した企業が全て倒産しているとなれば、取引に慎重になるのは当然だ。
「さんざん悩んで、今は患者さんに遠くの薬局にいってもらうことで、診療を続けています。ただ、わざわざ遠くの薬局にいかなければならないなら、別の医院にいこうと思うでしょう。それに、患者さんの間でも悪いうわさが立ってましたし。結局、スタッフに頭を下げて、退職してもらいました。なんとか給料と退職金まで用意できたのは不幸中の幸いだったと思います」
そこまで聞いて、カケルは先日の階段で手伝いをした老人を思い出した。この医院とは限らないが、病院のない地域というのは住人が非常な不便を強いられる。高齢者は特にそうだろう。
この医院の恩恵は、この地域にとってかけがえのないもののはずだ。
だからこそ、わからないことがある。
「なにか当たりはないですか。流れ星きらりに恨みを買うようなことは」
寺門の表情に、カケルは集中した。信じたいと思ったからだ。患者を思う気持ちに嘘はないと思ったからだ。そんな人間を疑いたくない。
「……わかりません。特に、何も」
寺門は視線を落とし、わずかな沈黙が訪れる。
カケルが何か言おうとすると、ようやく寺門の口が動いた。
「でも、思いあたるとすれば……」
「え?」
「この街の住人の人たちかも知れないですね」
自暴自棄になったかのような、気力の抜けた表情で寺門は続ける。
「当院がこんな状況になって、持病が悪化してしまった方もいますから。彼らやその家族は……もしかしたら私を恨んでいるかもしれない」
その答えは、こちらの問いの答えではなかったが、カケルの耳にやけに残った。




