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アイドル記者③

翌日、カケルとミコトはメディホのある街に向かっていた。


オルビスの最寄り駅から数駅ほどのかなり広い駅だ。改札を出て目の前の階段を降りる。幅もあり、段数も多い、かなり開放感のある階段だった。


 降り切ろうとしたところで、年配の女性が一生懸命上っているのを見かけた。手にはビニール袋を提げていて、果物らしき丸いシルエットが浮かび上がっている。


 カケルは体が自然に動いた。


「大丈夫ですか?持ちましょうか」


「おや、いいのかい」


 気の良い笑顔で女性は答えた。目元の優し気なしわがさらに深くなる。


 カケルは袋を受け取って、女性を見守りながら、ゆっくりと階段を上がる。


 まもなく頂上に辿り着いて、


「いや、ごめんねえ。これから、病院にいかなくちゃいけないくてねえ」


「そうだったんですね。お気をつけて」


「ありがとう。それじゃあねえ」


 老人は礼を言って、改札の方へ向かっていった。


「カケルって、そういうところは尊敬する」


「は、ってなんだよ、はって」


 軽く抗議をして、2人は再び階段を下りる。目の前を、大きな道路が一直線に伸びていた。携帯の地図アプリの案内に沿ってしばらく歩くと、およそ20階くらいだろうか、黒を基調にしたおしゃれな構えが見えてくる。上部には「MEDiHo」の看板が掲げられている。ビルの向こう側には河川が見えた。


「なんというか、こう、取材とか行って他の企業の建物とか見ると、びみょーな気持ちになるよねえ」


「まあ、言いたいことはわかる」


 立派な社屋を見るとそういう気持ちになるのだ。記者といえば、ものすごい稼げる仕事というのに、オルビスの社屋はそれをまったく感じさせない安普請だ。主がいないことをいいことにミコトがここぞとばかりに愚痴をこぼす。


 ちなみに、今シュウは二人と別行動している。伝手を辿って取材を行うとのことだ。カケルは直接行けばいいといったのだが、そっちの方が早く済むと言い切って、そのまま単独行動を行っていた。


「それでも、真実を追い続けることが記者の仕事だろ」


「わかってるって。ちょっといってみただけ」


 話しながら歩くと、やがてメディホの前に辿り着いた。


「なんだ、この人だかりは」


 メディホの入り口に、たくさんの人が鈴なりに詰めかけていた。


「なんか叫んでる人もいるね。大丈夫これ」


 近づいていてみると、その内容が聞こえてくる。


「この会社はパワハラ企業だ!そんな会社潰れてしまえ!」


「廃棄薬品を川に流しているとも聞いた!環境破壊反対!」


「社長が不倫しているというのは本当か!仮にも医療に携わる企業のトップが、許されるはずがない!」


 罵詈雑言が飛び交う中、群衆に取り囲まれるように、社員らしき男が汗だくの状態で声を張り上げている。


「弊社にパワハラの事実はございません!薬品の廃棄も適切に行っていますし、不倫は根も葉もない流言です!」


「ふざけるな!流れ星きらりが言ってるんだ!事実に決まっているだろう」


 最近耳にした名前が出てきた。カケルは、群衆たちが昨日のきらりの投稿を見てきたことを悟った。


「流れ星きらりさんの記事は弊社とは一切関係ありません」


「なにが違うんだ!これを見てみろ!」


 群衆の1人が携帯端末を社員の男に見せた。


「きらりちゃんが、あんたたちの不正を謳ってるんだよ。コメント欄で、メディホの名前が出ている」


「ふざけないでください!そんなの、何の根拠にもなってない」


 理不尽な糾弾に、社員の声音にも怒りが乗ってきた。


 もはや、乱闘一歩手前といった感じだ。


 隣のミコトが唖然としながら、


「カケル、どう思う?」


「そうだな」


 対応をしている男に注目する。必死に対応する姿には、誠実さを感じる。対して、声を上げている群衆は、きらりの報道に触発されていることが見て取れた。


 カケルはその光景に恐ろしさを覚えた。


 彼らの言葉のよりどころは、きらりの投稿だ。メディホの実情は何も知らないだろう。記者の地位が上がってから、こういった構図は増えていった。


 自分にとって、信じたいものが、彼らにとっての事実になる。そして、それに付け込むために記者はまた新たに記事を書く。


 今の世の中は、そんなことばかりだ。


「楽だよね。何も考えていない連中は」


「確かにな」


 ミコトも同じ印象を抱いているようだ。そのためにできることは一つしかない。


「とにかく、取材をして話を聞こう」


「そうだね。それじゃあ、さっそく……」


「待った」


 歩き出そうとしたミコトを呼び止める。水を差されて、ミコトが不満げに口を尖らせた。


「この人たちに話を聞いたって仕方ないだろ。どっちも自分が正しいと思ってるんだから。きらりの記事を読んだ人たちはヒートアップしてるし、会社の人間にはシュウが取材の申込を入れている所だ」


 今思えば、シュウがカケルたちと別行動をとった理由も、今この状況を予想してのことだったのだろう。


「確かに。カケルにしては冷静だね。でも、どうするの」


「町の住人たちに聞こう。でかい会社だし、会社のことでなんか話がでてくるかもしれない」


「わかった」


 カケルとミコトは駅前に戻った。U字型のバスロータリーと改札あたりに、のんびりと歩く近隣住民らしき人がまばらに目に入る。


「誰にしようか……って、考える間もなくかい」


 ミコトがなにやら言ってるのか聞こえたが、カケルは気にせず目の前を通りがかった女性に話しかけた。


「忙しいところすみません、少しお話良いですか」


「はい、なんですか?」


 40代くらいの女性が、気さくに答えた。やや濃い目のメイクに、香水の微かな香りを漂わせている。


「向こうにあるメディホという会社のことを調べてるのですが、何かご存じではありませんか?」


「ああ、あそこの会社ね。よくうちの店に社員さんが来るんだけど」


「店?」


「ああ、私、スナックやってるの。いわゆる、ママってやつ」


 言われてみれば、女性は夜職の雰囲気をまとっているような気がする。


「その社員の人がね、結構感じが悪いっていうか。まあ、羽振りは良いから、来てくれると嬉しいんだけど」


「けど?」


 カケルが促すと、女性は顔を微かに歪めながら続ける。


「セクハラが凄いのよ。『俺がいくら出したと思ってるんだ』って言いながら。新人の子とか、そのせいですぐやめちゃうのよ」


「それは、ひどい」


 カケルは夜の店を利用しないからわからないが。太客が大きな態度になるということは聞いたことがあった。


「まあ、ここまでは酒の席でよくある粗相なんだけどね。私、その人にセクハラをやめて欲しいっていったの。そしたらその人、こういったのよ『うちの会社がこれくらい普通だぞ』って」


「なにそれ、うっざ」


 ミコトが吐き捨てるように言う。女性は同意するようにうなずいて続ける。


「とまあ、こういうことがあって、その人は出入り禁止にさせてもらったのよ」


「え、大丈夫なんですか」


 カケルは口にしてから、少し失礼だったかと思ったが、女性はそれを受け止めるように小さく笑った。


「当たり前でしょ。むしろ、売り上げのことが頭をよぎった自分が恥ずかしくてしょうがないわ」


 女性はどこか誇らしげにそう答える。


 あまり引き留めてしまっても悪いので、カケルたちは礼を言って別れた。女性の姿が見えなくなって、ミコトが口を開く。


「まさか、いきなり収穫があるとはね。かっこよかったし」


「ああ、そうだな」


 店の売り上げを犠牲に、従業員を守ったエピソードはカケルも胸を打たれた。セクハラが行われている疑いも把握でき、情報としても有益だ。


 幸先よさを感じながら、カケルは次の声掛けを行う。前から歩いてきた、30代くらいの男性に話しかける。こちらもにこやかな表情で対応してくれた。


「ああ、あの会社はね……結構悪い噂をきいてるよ」


「どんな噂ですか」


 男性は周りの目を気にするように声を潜めながら、


「あそこの会社、実験で使った薬品を川に流したり、医療廃棄物をそのままごみに捨てたりしているんだ」


「そうなんですか」


 医療に関する法律はあまり詳しくなかったが、その行いが良くないことであるのは理解できた。


「特に薬品がね。ここから少し行ったところに川があるんだけど、そこにいた魚は全て死んでしまって、生態系もめちゃくちゃになってしまったのさ」


 男性の言葉に、カケルは電車から見えた川を思い出す。流れる水がきれいだったかどうかまでは思い出せないでいると、男性は携帯端末の画面を開いて見せてきた。


 画面では、藍色に濁った川面を魚が数匹浮かんでいる動画だった。


「ひどいでしょ?それにこれも」


 男性が画面をなぞって別の動画を再生した。メディホの社屋が映し出され、数人の社員が出てくる場面だった。社員たちは手にバケツを持っていて、川へ向かう彼らをカメラが追いかける。


 やがて川面に着くと、信じられないことに社員たちはバケツの中身を川に向かって流し始めた。先ほどみた動画の中の川と同じ色の液体だった。


「うええ」


 ミコトが顔をしかめる。


 これが河川にとって有害なことは明らかだ。画面上で行われている行為が悪質であることは誰の目にも明らかだった。


 それと同時にカケルは疑問を抱いた。


「それにしても、何でこんな動画を?」


 見たところ、こういったことが行われているのを知って撮影しているようにも見えた。どうして、内部でもない人間がそんなことがわかるのだろうか。


 しかし、続く男性の言葉にカケルの疑念はすぐに払拭された。


「僕は釣りが趣味でね。一度釣った魚でひどくおなかを壊したんだ。病院に行ったら、覚えのない薬品成分が検出されたってんで、色々と調べているうちにメディホの環境破壊に辿り着いたのさ」


「それは大変でしたね」


「幸い命に別状はなくて、今は元気だよ」


「良かったです。貴重な情報ありがとうございました」


 礼を言うと、男性はにこやかな笑顔を返して、のんびりと歩いていった。


「今回も、有力な情報だったね」


「ああ」


 カケルはうなずいた。


「この町に住んでる人の意見だから、少なくともさっきメディホの前にいたやつらの言い分より信憑性はあるはずだ」 


「ね。それにしても、とんとん拍子で驚いちゃうね」


「確かにな」


「まるで、私たちの取材に、町全体が協力してくれてるみたい」


「……え?」


 ミコトの何気ない言葉が、カケルはなぜか妙に引っかかった。


「どうかした?」


「いや、言われてみれば上手くいきすぎてるなって」


 普段の取材では、話しかけて答えてくれるまで10数人以上に無視されることが少なくない。それを、今回の取材では1人目で、しかも連続で引き当てているのだ。


 しかもどちらもが有力な手掛かりになる情報だ。


(これは、ただの偶然なんだろうか)


「日頃の行いが良いからでしょ?」


 ミコトは特に気にした様子もなく、両手を胸に当てながら、


「フェイクにも負けず、真実を貫く。ああ、きっと安月給で安普請暮らし私たちを神様は見ていてくれるのよ。今日ははやく上がって、お風呂にゆっくりつかろうかな」


(別にあそこで暮らしてるわけじゃないだろ)


 ミコトはなんだか、既に一仕事終えたかのように、舞い上がっている。のんきな姿を見ていると、カケルもなんだか取り越し苦労のような気がしてくる。


 不意に、ズボンのポケットが震えた。携帯を取り出すと、画面にシュウからのコールが表示されていた。


 画面をタップして応答すると、聞きなれた声が聞こえてきた。


『そっちはどうだ、カケル』


「ああ、有力な証言が得られた」


『ほう、どんな内容だ』


 シュウが感心したように言う。


「メディホはかなりコンプライアンスの欠けた企業みたいだ。スナックの店主と、この辺に住んでるサラリーマンがそう言ってる。あの会社、かなり黒に近い印象だ」


 我ながら、手ごたえのある報告だった。わずかな沈黙を挟んで、電話の向こうのシュウが口を開くのを感じた。


『それ……本当か?』


 シュウの返答は、カケルの期待していたものとは違った。


「は?どういう意味だよ」


『いやな、俺の方は社員に直接話を聞くことが出来たんだけどな。あの会社、社長さんが社員を大事にするらしいんだ』


「え?」


 思いもよらない情報だった。


「パワハラなんて何もってのほかだ。それに、コンプライアンスはかなりしっかりしてる。だから、パワハラだけじゃなく川に勝手に汚水を流すなんてこと、するとは思えない」


「話を聞いた人が嘘をついているとしたら?」


「その可能性もあるな。だが、それはカケルたちの方も一緒だ。聞いた相手は本当のことを言ってそうだったか?」


 シュウの問いかけに、カケルは話を聞いた2人とのやり取りを思い出す。どちらも親身になって話を聞いてくれていたように思える。


 しかし、改めて聞かれると確証が持てないのも事実だった。


 そんなカケルの逡巡をシュウは読み取ったようだった。


「まあ、時間はまだある。とにかく、もう少しその場所で聞き込みを続けてくれ。オルビスに戻ったら改めて検討しよう」


「ああ、わかった」


 カケルは電話を切った。カケルの様子をいぶかしむミコトの視線を感じながら、


「もう少し、話を聞こう」


「わかった」


 ミコトは頷いた。


 先ほどと一緒の場所なのに、どこか異世界に迷い込んだような気持ちになっていた。

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