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微子の憂鬱外伝 紂王伝  作者: 日和見


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こんなに、なのに、恋してる?

紂王伝 第88話 ――言葉の刃に切り刻まれ、完全な絶望の淵で戦慄する私。その無様な怯えようを凝視しながら、微子啓は法悦に浸るような溜息を漏らした。「ああ、妲己様。そのような悲痛な貌をされて……貴女は本当に、私を喜ばせる術を熟知しておられる♡」脳の理解が拒絶を起こしていた。この男は何を口にしているのか。何故私の絶望を前にして、これほど歪んだ歓喜を露わにできるのか。だが、恐怖に呑まれてはならない。私は必死に理性の手綱を引き絞り、この男の「目的」を問いただした。「で、微子啓。お前の望みは何……? それとも、ただ私をなぶって愉しみたいだけなの?」私が震える声を鋭く尖らせると、男は満面の笑みを湛えて私を嘲弄した。「ああ、ようやく状況が呑み込めたようですね。もう十二歳になられるというのに、いささか頼りない。大丈夫ですか?」どこまでも私を小馬鹿にする、ねっとりとした声音。耐えなさい、私。ここで一喜一憂して取り乱せば、それこそ奴の思うツボだ。「……もう一度聞くわ。望みは何なの」私が冷徹に射すくめると、微子啓はふふんと鼻で笑い、三度その醜悪な笑みを浮かべた。「ええ。私、妲己様に恋をしているのです。嘘ではありませんよ? だから……ね、月に一度だけで構わない、私のお相手をしてくだされば、それ以上は何も求めませんよ?」背筋に激しい悪寒が走った。先ほど私を「糞餓鬼」と罵倒したその冷酷な唇で、恋をしている、と? 身体を差し出せ、と?これ以上の陵辱も、これ以上の狂気も、私の心は到底受け入れられなかった。「――お断りします。これ以上は、たとえ故郷のお父様や冀州の民が滅ぼされようとも、もはや貴方の狂言に付き合うつもりはありません。……失礼」限界に達した私は椅子を蹴立てて立ち上がり、この悍ましい密室を去ろうとした。だが、その刹那。背後から伸びた大人の男の剛腕が、がしっと私の両肩を掴み、問答無用で椅子へと押し戻した。「ふふん。流石ですね、妲己様。どこまでも気高く、美しい。……ですが、本当にそれでよろしいので? ああ、弟(受)が不憫でならない。信じ切っていた側室が、裏で実の兄と肌を重ねていたなどと知れば……。ああ、それから王太子の禄父君。慕っていた姉の正体が、ただの淫売であったと知れば一体どうなるか。祖国を代表する美姫がそこまで汚濁に塗れていたなど、これ以上は私の口からは……」男の紡ぐ一言一言が、私の魂を容赦なく寸断していく。私がここで破滅を選べば、私を愛してくれた旦那様も、私を気遣ってくれた禄父も、その心を一生治らない傷で粉々に破壊されてしまう。その恐るべき未来に身を竦ませた私へ、微子啓は決定的な死の宣告を突きつけた。「分かりました。これが、私の最後の譲歩です。ふた月に一度、私の相手をしてください。――それが拒まれるのであれば、ええ、共に破滅の奈落へ堕ちましょう。……実は、私の屋敷の寝室と執務室には、すでに『妲己様と密通を重ねた事実』と『その不貞を悔いる懺悔の言葉』が、私の筆によって克明に書き留められております。さあ、共に滅びましょうか」……何を、言っているの?書き留めた……? 偽りの密通の証拠が、すでに用意されている……!?もし万が一の事態が起き、その『告白書』が公になれば、私がどれほど無実の叫びを上げたところで、一ヶ月も沈黙を守っていた私への弁明など、誰一人として信じるはずがない。この男は、本物の化物だ。己の破滅すらも愉悦のスパイスに変え、私を確実に生贄に捧げようとしている。退路のすべてを冷酷に断たれ、私は絶対的な絶望の暗闇の中。ただ声を失い、呆然と唇を震わせる以外に、抗う術を持たなかった。「…………」

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