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微子の憂鬱外伝 紂王伝  作者: 日和見


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一体なんなの、この男

紂王伝 第86話「ささ、どうぞお座りください。そんなに険しいお顔をなさらなくとも、取って食べたりはいたしませんよ?」どの口がその言葉を紡ぐのか。吐き気を覚えるほどの嫌悪感を胸の奥で殺しながら、私は促されるまま対面の席へと腰を下ろした。微子啓は澱みない手際で給仕を呼び、いくつかの菜を注文していく。給仕が退出し、個室が完全なる密室となった瞬間、私は一縷の勇気を振り絞って言い放った。「あの夜のことは、誰にも話していません。これからも口外するつもりは無いわ。だから……これ以上、私に構わないでくださらない? お・じ・さ・ん」明確な拒絶と軽蔑を叩きつけてやると、微子啓は意外そうに僅かに目を見開いた。(ふふ……ざまあみなさい)ほんの少しだけ優位に立てた気がして、私の張り詰めていた心が軽くなる。「あはは、なるほど。妲己様、先日の訪問の折、皆様の私に対する態度を見て、貴女が何も話していないということは確信しておりましたよ」「……ならば、話は早いわ」私はここぞとばかりに、この忌まわしき関係に終止符を打つべく、上から目線の『許し』を宣告した。「啓叔父さん。あの件は、一時の気の迷いとして私が『忘れて』あげます。だからこれからは、二度と私に関わらないで。お互いに無かったことにするのよ」これでやっと、すべての呪縛から解放される。そう安堵したのも束の間、男の口から漏れたのは、背筋が凍りつくような甘い囁きだった。「――ああ、そんな切ないことを仰らないでいただきたい。そのようにツレなくされては、私は悲しみのあまり……弟(受)にすべてを打ち明けてしまうかもしれない」……今、この男は何と言った?打ち明ける、と? 最愛の、あの旦那様に……?視界が急速に暗転し、激しい眩暈が襲う。どれほどの絶望と恐怖を噛み殺し、旦那様を傷つけぬよう隠し通してきたと思っているのか。それを、元凶であるこの男の側から、自ら爆弾を破裂させると言うのか。脳の理解が追いつかず、呼吸を忘れて硬直していると、無情にも扉が叩かれた。「失礼いたします。まずは、お飲み物をお持ちいたしました」給仕が物静かな所作で、酒とお茶を卓上へと並べていく。(落ち着きなさい、私……! ここで取り乱せば、この者に不審を抱かれ、外へ漏れる……!)私は超人的な理性で顔の強張りを殺し、いつもの高貴な王妃の微笑を浮かべてみせた。「ええ、ありがとう。いただくわ」震える手で杯を取り、熱いお茶で喉を潤すことで、狂いそうな動悸を無理やり押さえ込む。対面の微子啓もまた、何事もなかったかのように穏やかな顔で酒を口に含んでいた。給仕の足音が完全に遠ざかった瞬間、私は抑えきれぬ怒りのままに真意を激しく詰問した。「旦那様に打ち明けるですって!? 貴方、死ぬつもりなの!? ええ、いいでしょう! そこまで破滅を望むなら、私も付き合ってあげますわ! 何がツレないよ、自分が私に何をしたのか忘れたの!? なんなら、今ここで私が官吏を呼び、すべてを告発して差し上げましょうか!?」感情の堤防が決壊し、声を荒らげて男を睨みつける。しかし、微子啓はただ困ったように小さく首を振るだけだった。「ああ、妲己様。そう声を荒らげないでください。それでは、私達と共に『冀州侯』も、その領民たちも皆揃って滅ぶことになりますね。……いやはや、見事な覚悟だ。あはは、道連れは多いに限る! ははははは!」男は狂ったように笑い声をあげた。何を言っているの……。なぜ私の告発で、故郷のお父様や、罪のない国の人々までが滅びるというの? この男、本当に狂ってしまったの?「おや? その表情……もしや、何も理解しておられないのですか? あはは! これだからお子ちゃまは……ははははは!」それまでの温和な仮面が、一瞬にして剥ぎ取られた。「――少しは頭を使え、この糞餓鬼が」鼓膜を切り裂くような、冷徹で暴力的な罵声。え? 何……? 何が起きているの?お父様が、故郷が、滅ぶ……?恐ろしい。嫌だ。誰か、誰か私を助けて――。

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