報告
紂王伝 第82話 朝議の場。微子啓は堂々と進み出ると、厳かに声を響かせた。「周から提案された駐在官の設置につきまして。羑里に囚われている姫昌殿の判断を仰ぐ際は、事前に羑里を管理されている箕子殿の許可を取り、さらに『商の官吏立ち合いの元』という条件付きであれば、この提案を受け入れたいと存じます。……未だ素案の段階ですので、より良い案があれば諸卿らの知恵を拝借したく」報告とも提案とも取れる、絶妙な物言い。周の提案を受け入れることを前提としつつ、商側の機密を守るための防壁をきっちりと築き、その上で「至らぬ点があれば指摘してくれ」と周囲を巻き込んでいる。(――ふっ、やはり優秀だな、この男は)責任者として自ら決断を下しながらも、傲慢にならずに最善を尽くそうとしている。これならば、これ以降も西方の差配は彼に任せて問題ないだろう。私は心の底から安堵していた。「では、その方向で進めよ。諸卿らも思うところがあれば忌憚なく論じ、微子を助けるが良い」私が正式に許可を出す。朝廷の家臣たちからは、当然ながら周による情報収集を危惧する声も上がったが、すでに王である私が承認したことだ。大過なく朝議の決定としてまとまった。この決定は、のちに責任者である微子啓の手から周側へと通知されることになる。その際、羑里の管理責任者である箕子叔父上も同行するらしい。実務の連携も問題無い。朝議が散会となり、諸侯や家臣たちが退出していく中。あの生首の夜以来、恐怖のあまり私に一切寄り付こうとしなかった微子啓が、意を決したように私の方へと歩み寄ってきた。「帝辛様。……今夜は、奥(後宮)に帰られるでしょうか。一度、お話を伺いたいのですが」「ああ、今日はそのつもりだ。歓迎するので、待っているよ」私が穏やかな笑みを浮かべて返すと、彼は深く感謝の言葉を述べ、箕子叔父上と共に連れ立って退出していった。(――うん。兄上も、あの手痛いお仕置きからようやく立ち直ってくれたか)かつて信じた優秀な兄の背中が、ほんの少しだけ戻ってきたような気がして。私は去りゆく彼の後ろ姿を、温かい眼差しで見送るのだった。




