査定
紂王伝 第81話 散宜生が周国の駐在官設置を求めてきた、あの厄介な外交案件。西方の全権を委ねている微子啓が、今回はかつてのような独断専行に走らず、真っ先に箕子叔父上の元へと相談に訪れたという報せが届いた。あの生首を並べ立てた凄惨な夜の警告を経て、流石の彼も己の立場を省みたのだろうか。予想外の賢明な動きに、私の胸中には安堵が滲み出していた。かつては「この優秀な兄であれば、全力で自分を支えてくれる」と信じ、全幅の信頼を置いていた男なのだ。王族としての至高の教育を受け、本来の執務能力は群を抜いている。だからこそ、なぜ妲己を巻き込むような陰惨な暴走に手を染めたのか、未だに理解は及ばないが……。だが、箕子叔父上や比干叔父上の知恵を借りるという選択ができたのなら、此度の難局で致命的な足の引っ張り合いを演じることもあるまい。やはり、彼は私の兄なのだ。将来的に叔父上たちが一線を退いた暁には、あの席に収まり、商を支える大黒柱となってほしいという切望が、私の心の底には燻り続けている。血統という特権に縋るのではなく、己の実力と実績を以て、誰もが納得する重鎮へと這い上がってきてもらいたい。王としての公平性を欠く私情ではあるが、これくらいの贔屓くらいは兄への最後の情として許されるだろうと、私は己に言い聞かせるように思考を巡らせた。「箕子叔父上。……して、叔父上の御見立ては?」私は同席を求めた箕子叔父上へ、静かに視線を向けた。「まあ、大義名分を隠れ蓑にした、朝歌における公然たる情報収集。さらに言えば、我が商から周に対する情報統制(隠蔽)が真の狙いなのは明白だ。だが、先の伯邑考の件で西方の均衡は崩れかけている。これ以上の関係悪化は王朝としても避けるべきだ……と、私の意見は伝えておいた。今頃は、比干の元へも知恵を借りに足を運んでいるはずだ」「ふむ……相違ありません。私も全く同じ考えです」叔父上の地政学的な視座に、私は深く同意を示した。あとは、彼がこの西方の提案をどう処理するかだ。早ければ明日、あるいは明後日の朝議にて、自らの献策として堂々と議題に上げるか。あるいは管轄官としての裁量で受託を決定し、私に事後報告を上げるか。私は喉の奥に広がる苦い感情を抑え込み、箕子叔父上へと、王としての冷徹な査定のラインを告げた。「……万が一にも、彼が私怨や恐怖に囚われ、周の提案を拒絶するような愚挙に出たならば。残念ながら、その瞬間を以て、彼を西方担当官から『罷免』いたします」優秀だったかつての兄への、これが最後の執行猶予。彼が再び商の重臣として返り咲くか、あるいはただの微子啓として私の前から失脚するか。その審判の刻は、すぐ目の前まで迫っていた。




