紐帯
紂王伝 第80話 ――両叔父上との深夜に及ぶ軍議の果てに、私は崇侯虎からの打診を全面受諾する決断を下した。商の正規軍に参加する崇国の兵らには、我が直属の正規兵と寸分違わぬ恩賞、最高峰の操練、そして容赦なき実戦の過酷さを与える。これは単なる武力の貸借にあらず。血を流す戦場を共有させることで、崇国と商国の民の間に分かち難き紐帯を紡ぎ、百年先の未来において、両国が自然と同化するための一助とする――。私は為政者として、崇国を全領域で併呑する覚悟を固めたのだ。元はといえば、我が不肖の将軍・飛廉が水面下で糸を引いていた案件である。ゆえに、次なる朝議の席にて、彼自身の口からこの新制度を奏上させることにした。事前の独断への罰を含め、表舞台での責任はしかと背負ってもらう。さらに、此度の兵制改革に伴い、私は商の圧倒的な鋳造技術を用いた「新たな経済支配」の楔を打ち込むことにした。青銅を以て、古来よりの通貨である貝貨を模した特殊な青銅貨を鋳造し、兵を提供した諸侯への『報奨』として下賜する制度の確立である。下賜の基準は、拠出兵員百人につき一枚。初年度に千人を派遣する崇国には、毎年十枚の青銅貨が渡る計算となる。そして、この青銅貨十枚を以て『最新の戦車一台』との交換を保証し、各種一級の武具一式であれば三枚を目安として引き換えるシステムを構築した。諸侯から見れば、兵を出せば出すほど、自国の小手先では到底製造し得ない最新の軍備が無償で手に入る。商の軍事システムに依存せざるを得なくなる、甘い毒を孕んだ報酬であった。この崇国との試行錯誤が期待通りの果実を結んだ暁には、九侯や鄂侯ら周辺の有力諸侯にもこの互助会の全貌を明かし、版図の拡大を狙う。無論、相手側がその利を求めて頭を垂れてくるならば、という前提であるが。商の技術と富を中心に、天下の武力を糾合する。これぞ、我が覇道のロードマップ。しかし、至高の机上の論理を構築した私の脳裏に、先日出会ったあの才気溢れる若者――呂望の不敵な警告が、冷たい風のように吹き抜けた。『大いなる機構が破綻した時、その破滅の反動は、機構の規模に応じて天を衝くほどに肥大化するでしょう』見事な洞察だ。この巨大な経済と軍事の循環が一度でも逆流すれば、その破壊のエネルギーは商王朝の土台そのものを粉砕しかねない。(だが、その破滅の恐怖に怯えて足を止めていては、この混沌たる天下に何事をも成し遂げることは叶わん)私は自嘲の笑みを喉の奥で噛み殺し、傲然と前を見据えた。深淵を覗き込みながらも、その上を渡りきるのが王の宿命。私は次なる朝議に向けて、冷徹なる統治者の瞳を静かに光らせるのだった。




