未来の併呑
紂王伝 第77話 ――華やかな諸侯の持て成しが終わり、宴の熱気が引いた夜の帳。私は、比干、箕子の両叔父上を私室へ招き、崇侯虎から持ちかけられた「崇国兵の出向受け入れ」について、その利害を諮ることにした。「崇侯殿より直々に打診があった。事前に飛廉将軍と協議を重ねた上での提案だという。これを受け入れれば、我が商の軍事力が無償で膨れ上がることは確実。負担すべきは兵の生活費用と、多少の管理経費に過ぎん。……だが、同時に我が商の軍事方針、独自の技術、体系のすべてが、外の諸侯へ筒抜けになる危険を孕んでいる」私の提示した覇王としての懸念に、室内の空気が一気に張り詰める。「実に、悩みどころですな……」最初に沈黙を破ったのは、宰相たる比干叔父上であった。「財政的な観点から見れば、喉から手が出るほど魅力的な提案ではあります。されど、陛下の仰る懸念もごもっとも。北伯たる崇侯虎殿の忠誠は疑うべくもありませんが、国家の根幹たる軍事機密となれば話は別。信頼と国益は、完全に切り離して考えるべき問題にございます」普段の財政難から即座に飛びつくかと思われた比干叔父上が、予期せぬ慎重論を唱える。その硬骨な姿勢に頷いていると、今度は北方を差配する箕子叔父上が、静かに眼光を光らせて発言を求めた。「よろしいかな、陛下。私も北方を担当する身、崇侯殿とは幾度も国境防衛の機微を相談してまいりました。彼は西方から北方へ至る過酷な戦線を担い、商への不満ひとつ漏らさず臣下として尽くしてくれている。――ここで、我が商の歩みを振り返りましょう。今や我が軍の柱石たる飛廉将軍の嬴氏とて、元を正せば一介の外部諸侯であり、単なる同盟相手に過ぎませんでした。それが星霜を経て同化が進み、今や商の有力な門閥貴族へと昇華している。我が商王朝は、今なお外へと拡大を続ける巨大な生命体。此度の提案は、百年先の未来を見越した『同化』への一手なのかもしれませぬ」箕子叔父上の口から語られる壮大な地政学に、私は目を見開いた。「だとするならば、この提案は断固として受け入れるべきです。……ただし、崇侯殿へその真意を確認してはなりませぬ。なぜなら、この制度が行き着く果ては、結果として崇国という国家そのものを我が商へと『併呑』することに他ならないからです。あくまでも、商王朝のシステムに直接参加する方が、自国を単独で維持するよりも遥かに『得』であると、諸侯側に思い込ませ続けねばならんのです」あの、私を「辛ちゃん」と呼ぶ気さくな『虎』が、そこまでの深謀遠慮を抱いているというのか。いや、あるいは彼自身は純粋な困り事として提案し、歴史の必然がその形をとらせたのか。箕子叔父上の言葉は、私の視野を強制的に広げさせた。「ふむ……実に難しい。箕子叔父上の言葉を聞くまではな、私は彼らを戦車や騎馬の操練を中心に叩き直し、有事の際に真っ先に弾除けとして動かせる『精強な傭兵』のように扱うつもりでいたのだ。だが、それではただの技術流出に終わり、商の首を絞めるな」私は己の当初の底浅い腹積もりを、率直に二人の賢者に開示した。単なる武力の貸し借りではなく、これは国家そのものを内側から取り込むか否かの大博打なのだ。その後も、行灯の火が揺れる中、果てのない議論が繰り返された。商王朝の未来の兵制を決定づける羅針盤の針は、未だ混迷の中に揺れ動いていた。




