三賢者
紂王伝』第68話 正妻たる風からの言伝により、妲己の精神が再び不安定な状態に陥ったことを知る。胸を掻きむしられるほど案じられたが、その原因が他ならぬ私自身の『暴君の演技』にあることは、嫌というほど理解していた。あの日、彼女を壊さぬために「ひと月は戻らぬ」と宣告した己の選択を、今はただ貫くしかない。私はその痛みを紛らわせるように、狂ったように政務へ没頭した。王宮に籠りきりで朝廷の裁可を下し、休む間もなく国内の不穏な地域へと巡察に赴く。身体を極限まで酷使することだけが、愛する者に拒絶された孤独を忘れさせてくれる唯一の手段だった。激務に身をやつし、あの日から約束のひと月が経とうとする、あと二日前のこと。風から、一条の光のような報告がもたらされた。『妲己の容態も、ようやく波が収まり、落ち着きを取り戻しました。これなれば、陛下がお戻りになられても障りはございますまい』安堵のあまり、肺の空気をすべて吐き出すような深い息が漏れた。せっかくのひと月ぶりの帰還だ。数えてみれば、妲己もすでに十二歳、我が最愛の息子・禄父も十一歳。二人とも、少しずつ大人の階段を上り始めている。久しぶりに合わせる彼らの顔に免じて、何か気の利いた美味いものか、珍しい宝飾品でも土産として買い求めて帰るべきだろう。家族への思案で相好を崩していると、ふと、羑里の箕子叔父上から届いた定期報告が目に留まった。どうやら、私が送り込んだ呂望という規格外の天才は、幽閉の身である姫昌、そして管理を任せた箕子叔父上の二人と、何やら新しい思想か学問の研究に明け暮れているらしい。(もし私に、この『王の双肩』という宿命がなければ、すべてを放り出してその議論に交じりたかったのだがな……)天下に並ぶ者なき三人の賢者が、宮廷ではなく、泥深い羑里の獄中に引き籠もって頭を突き合わせている。運命の悪戯にしては、いささか出来が過ぎる。一体、何の冗談だ。私は机の上の木簡を愛おしげに指でなぞりながら、来たるべき再会の日に向けて、静かに立ち上がるのだった。




