泣くな私泣きやめ私
紂王伝 第67話 思考が完全に停止していた。何が起きたのか、私の頭ではまるで理解が追いつかない。衣服の乱れた寝台の上で呆然とする私の耳に、啓叔父さんの、どこか狂気を孕んだ歪んだ呟きが届いた。「は、はは……受のやつ、まだ手を出していなかったのだな。ハハハ……! 奪ってやった。あの完璧で傲慢な王から、この私が先に奪ってやったぞ……!」その言葉を、私はただ虚ろな瞳で見つめることしかできなかった。すると、叔父さんは一転してばつの悪そうな、卑屈な表情を浮かべると、私にじりじりと這い寄って薄ら笑いを向けた。「妲様。……今のことは、二人だけの秘密ですよ? 貴女だって、愛しの旦那様に知られたくはないでしょう……?」その歪んだ笑みと言葉の刃が、私の胸に深く突き刺さる。その瞬間、「私に加えた悍ましい仕打ちの本当の意味」を、私は残酷なほどに理解させられた。声にならなかった。ただ、堰を切ったように涙だけが止めどなく溢れ、頬を濡らしていく。ひっく、ひっくと、過呼吸のようなしゃくり上げが止まらない。(駄目……泣いてちゃ、駄目。泣いたって、何も変わらない。泣き止みなさい、私……!)必死に己を鼓舞するけれど、心の奥から湧き上がる絶望の濁流には抗えなかった。うわあ、と声を上げて泣き叫びたい衝動を、必死に抑え込む。ここで声を上げれば、外の護衛に気づかれて、すべてが旦那様に知られてしまう。それだけは嫌だ。私はただ、声を殺して泣くことに、持てる限りの力を尽くすしかなかった。やがて涙が枯れ、痛む身体を引きずるようにして、啓叔父さんが用意した衣服へと着替えた。誰にも言わない――その呪いのような約束を胸に刻み、私は這うようにして、逃げるように宮殿の奥へと帰還した。その日、私は「体調が優れない」という理由で、誰とも面会せずに自室へと引きこもった。嬴風お姉様にも、禄父くんにも、今の私の姿は見せられない。ましてや、大好きな旦那様には――。私はただ一人、暗闇の中で、二度と戻らない純潔と旦那様への罪悪感に押しつぶされそうになっていた。




