勧誘
紂王伝 第64話 その後も、呂望による我が新政の功罪についての弁は澱みなく続いていた。傾聴するほどに、なるほどと感心させられる部分が少なくない。しかし何よりも私の心を動かしたのは、彼の『胆力』そのものであった。宮廷の誰もが私の顔色を窺い、怯え震える。されど、眼前にいるこの若者はどうだ。天下的の主たる王の御前で、ここまで堂々と政策の歪みを指弾してみせている。久しく忘れていた、対等な「人間」との対話が、私の乾いた心を潤していくようだった。「呂望殿、私の手助けをしてくれまいか」私はたまらず、その才能と胆力を求めて勧誘の言葉を口にしていた。「まずは比干叔父上の下で政務の機微を学ばれるが良い。四、五年もすれば、間違いなく大臣の席に任命することを約束しよう」並の男であれば平伏して受けるであろう、破格の抜擢。しかし、呂望はまっすぐに私を見つめ、静かに、だが毅然と頭を下げた。「滅相もございません。……されど、申し訳ございません。私は万事を己の裁量で決め、歩みたい性分。どうか、市井の一民として王を応援することでお許しくだされ」若者らしい傲岸さと、確固たる自負。断られはしたものの、私はその不敵さがむしろ愛おしかった。私を王としてではなく、一人の為政者として品定めするようなその眼差しが、心地よかったのだ。「ハハハ、案ずるな。気が変わったなら、いつでも私を訪ねてくるといい」私が笑って流したことで、痛烈ながらも愉快な批評会は和やかに幕を閉じた。呂望との対話は、純粋に知的好奇心を満たしてくれる至高の時間だった。私たちはそのまま、時間を忘れて雑談に花を咲かせた。ふと思いつき、私は同席していた箕子叔父上に声をかけた。「箕子叔父上。叔父上が管轄されている羑里へ、この呂望を派遣できませぬか? 報酬は私から出しても構いません。羑里にいる従兄弟の姫昌も、彼ほどの知性を持つ者が傍にいれば、無聊を慰められましょう」羑里の姫昌に対する私の罪悪感。そして、未だ完全に拭いきれぬ商王朝の歪み。王である私にすら物怖じしないこの呂望ならば、幽閉の身にある姫昌の退屈を紛らわせるだけでなく、彼らの間でいかなる化学反応が起きるか。それは私にとっても、一縷の希望のような賭けだった。箕子叔父上は私の意図を察したように、心良く応じてくれた。「それは素晴らしい提案です。報酬の件はお気になさらず。これほどの逸材、こちらから願い出たいほどです」叔父上から丁重な謝辞を受け、今日の集まりは散会となる。一同が退出すれば、部屋には再び、あの冷え切った静寂が戻ってきた。時計の針はとうに深夜を回っている。(ああ、今夜も奥には帰れず、またこの執務室で就寝か……)過密な政務と、守るがゆえの孤独。しかし今夜は、呂望という男が残していった知的な熱量が、私の胸を確かに温めていた。私は心地よい余韻を抱きながら、簡易ベッドへと横たわるのだった




