覚悟
紂王伝 第6話 突然の王太子指名。その衝撃は、私の胸を激しく揺さぶり続けていた。たとえ不遜、あるいは不敬と思われようとも、私は父上の真意を問いたださずにはいられなかった。無理を言って時間を作ってもらい、私は父上の執務室へと足を運んだ。重々しい扉が閉まり、室内には父上と私の二人だけとなる。「陛下、なぜ私なのですか」私は真っ直ぐに父上を見据え、胸に渦巻く疑問をぶつけた。「噂通り、宮廷での私の評判はお世辞にもよろしくありません。突飛な上奏を繰り返す異端児です。それに対し、微子啓兄上であれば何一つ波風も立たず、収まりも宜しいかと存じます。私は長年、兄上を支えるつもりでおりました。それなのに、なぜ……」私の問いに、父上はしばらく沈黙を守っていた。やがて、深く、重いため息を一つ吐き出すと、玉座から私を見つめ返した。「受徳よ。私が唯々諾々と古い慣例に則り、今の商の姿に満足しているとでも思ったか?」「え……?」「私もな、かつては抗ったのだ。この国の歪みに気づき、お前と同じように改革を試みた。……そして、挫折した」父上の声には、隠しきれない無念の響きがあった。「私は国を発展させることよりも、今ある平穏――安定を選んだのだ。王とは、天下の最高権力者でありながら、誰よりも不自由な存在なのだよ。お前に前、聞いただろ。『あの道は茨の道ぞ』と。忠告もした。だが、お前は諦めないと言った」父上はゆっくりと立ち上がり、私の肩にその重い手を置いた。「例えこの先、国中に血の雨を降らせようとも。例え天下が己への怨嗟の声で満ちようとも。お前はその理想を諦めぬと言った。だからこそ、私はお前のその『覚悟』に、この国の未来を託したのだ」――ああ、私は何を勘違いしていたのだ。胸の奥が、焼け付くように熱くなった。父上も、母親の身分や血統の正当性などというくだらない理由で私を選んだのではなかった。私のなかにある、国を変えようとする火種を、その覚悟を認め、託してくれたのだ。その後、私たちはこれまでの張り詰めた空気を緩め、少しのあいだ穏やかな雑談を交わした。父と息子として交わした、温かな時間だった。執務室を退出した私の胸には、迷いは一切消えていた。例えこの身が茨に引き裂かれようとも、私は進む。父上が諦めた道を、私が代わりに切り開いてみせる。新たなる商の王太子として、私は血の滲むような覚悟を、今度こそ完全に固めていた。




