王太子
紂王伝 第5話 その日は、あまりにも突然に、結果として最悪の形で訪れた。定例の朝議の席。玉座に座る父上――帝乙は、集まった重臣たちを鋭い眼光で見下ろすと、朗々と告げた。「次代の王太子は、受徳とする」――なっ!?一瞬、耳を疑った。宮殿全体が、水を打ったように静まり返る。誰よりも驚いたのは、他でもない私自身だった。私は、兄上たちの根になるのではなかったのか?光である啓兄さんを、陰から支える影になるはずではなかったのか?すぐに家臣たちから、動揺と反発の声が上がった。「お、お待ちください! 長男である微子啓王子を差し置いて、三男の受徳王子を立てるなど、道理が通りませぬ!」だが、父上は冷徹にその声を切り捨てた。「微子啓と微仲衍は、母の身分が低く、いわば庶子の生まれだ。対して受徳は、高貴なる正室から生まれた、正真正銘の嫡子である。長子かどうかではなく、正妻の息子を選ぶ。我が商の法に照らし合わせ、何一つ不服はあるまい」父上の声には、一切の迷いがなかった。さらに驚くべきことに、宮廷の重鎮である二人の叔父上――比干さまと箕子さまが、すぐさま前に進み出たのだ。「帝乙様の仰る通り。血統の正当性を鑑みれば、受徳王子をおいて他にございませぬ」「我らも、受徳王子の王太子即位を全面的に支持いたします」事前に、父上から話が通っていたのだ。二人の叔父上の擁護と賛成の表明により、家臣たちの反論は完全に封じ込められた。こうして私は、夢にも思わなかった「商の次期最高権力者」の座へと押し上げられた。(なぜだ……。なぜ父上も、叔父上たちも、これほど頑なに血統の正当性にこだわる?)私の脳裏に、どす黒い邪推がよぎる。彼らは国を良くするためではなく、ただ「母親の身分の順序」を守るためだけに、私を選んだのではないか。のちに微子啓兄さんが諸侯として独立した際、その正当性で揉めぬよう、今ここで私を盾にしたのではないか。伝統を壊そうとしていた私が、異母兄たちを押しのけ、伝統という名の「血筋の証明」によって王に選ばれる。これほど皮肉な話があるだろうか。私は拳を血が滲むほどに握りしめ、冷え切った玉座を見つめていた。望まぬ天命。兄上たちとの決別。のちに数多 of 血を流すことになる暴君の冠が、私の頭上へと振り下ろされようとしていた。




