狂態
紂王伝 第49話 比干と箕子、二人の叔父上との内密の相談を終え、私は上機嫌で執務室へと戻っていた。次期西伯たる伯邑を任官させて朝歌に留め置き、代わりに姫昌を解放する事で周を完全にコントロールする。この完璧な和平案を携え、あとは手続きを進めるだけだと、そう確信していたのだ。――だが、私の預かり知らぬ宮殿の闇で、愛しい側室と愚かな兄上が、私の描いた未来を綺麗にぶち壊してくれたらしい。事後報告として私の元に届けられたその顛末は、常人であれば正気を疑うほどに凄惨で、悪趣味なものだった。秘密裏に拉致された伯邑考は、二人の手によって生きたまま切り刻まれ、どろりとした温かい肉スープ――『羹』へと姿を変えられた。そしてそれを、羑里の檻にいる父親・姫昌に、中身が己の息子だとも知らせずに食らわせたのだ、と。(……なんということだ)私の計画が台無しにされたことなど、どうでもよかった。胸を刺したのは、無残に殺された甥・伯邑考への、そして我が子の肉を食らわされた従兄弟・姫昌への、激しい怒りと深い悲しみだった。今すぐ二人を捕らえ、その罪を糾弾したい。――だが、それはできない。私のすぐ周囲には、側近たる親衛隊の近衛兵たちが直立不動で控えている。彼らは我が手足であり、私への忠誠心は絶対だ。もしここで、私が彼らの前で一瞬でも激昂や悲痛の表情を見せてみろ。主君の心を察した彼らは暴走し、即座に啓兄上や妲己の元へと斬り込み、その首を撥ねてしまうだろう。どれほど愚かで狂っていようとも、二人は私の大切な家族なのだ。死なせるわけにはいかない。私は、奥歯がガチガチと鳴り出しそうなほどの感情を、理性で力ずくでねじ伏せた。そして、顔の筋肉を歪め、喉の奥からくつくつと低い笑い声を絞り出す。「――ああ。兄上(微子啓)と妲己は、何と愚かで、醜く……そして、これほどまでに愛おしいのか」近衛兵たちの視線が私に集まる。私はさらに声を張り上げ、狂気じみた愉悦の笑みを浮かべてみせた。「ふはは、見えるぞ! 報告を受けた二人の叔父上の反応がな!」わざと机を叩き、道化のように笑い飛ばす。「箕子叔父上は苦虫を噛み潰したような顔で『王族の品格が云々』と苦言を呈し、比干叔父上は顔を真っ赤にして激怒するだろう。……ならば、この私が、世界で唯一人、兄上たちを称賛してやろうではないか。盛大な褒美も遣わそう、最高の『喜劇』の対価としてな!」狂った兄と側室を、さらに狂った王が笑って称える。近衛兵たちの目に、私の姿はどう映っていただろうか。きっと「手の付けられない希代の暴君」に見えたに違いない。それでいい。私の狂態に周囲が引いてくれれば、二人へ刃が向くことはないのだから。世界中でただ一人、私だけが二人の味方でいてやる。胸の内で血の涙を流しながら、私は『暴君』という名の、二度と外せない呪いの仮面を深く被り直した




