名案
紂王伝 第46話 私は先ほど脳裏で組み立てた思案の通りに、平伏する若者へ向けて厳かに言葉を紡いだ。「西伯の長子よ。我が商は今、東方遠征という国家の大事を控えている。ゆえに、周の急速な勢力伸長を座視するわけにはいかぬ。今すぐの放免は叶わぬが……其方の忠義、しかと受け取った」とりあえずの処遇として、まずは王都・朝歌への滞在を認め、羑里にいる父親・姫昌との面会を許す旨を告げる。彼が朝歌に滞在しているその間に、叔父上たちと今後の具体的な方針を詰めようと考えたのだ。私の言葉を聞いた伯邑考は、深く頭を垂れた。「はっ、大王の御慈悲、有難く存じます」その恭順の姿勢は、一国の王である私を十分に満足させるものだった。(……そうだ。この若き次期西伯を朝歌で任官させ、ここでじっくりと商王朝への愛着を持たせるのが上策だ。そうして信頼関係を築ければ、いずれは安心して西方を任せることができる。さらに、時期を見て従兄弟である姫昌を無事に解放することだって可能になるはずだ)我ながら、実に合理的で美しい妙案ではないか。長く重苦しい政治の駆け引きが続いていたなかで、これほど綺麗に欠片が嵌まりそうなのは久しぶりのことだった。私は久々に、愉快な気持ちで政務の時間を過ごすことができた。伯邑考が丁寧な挨拶を残して謁見の間から退出していく。その頼もしい背中を見送ったあと、私はすぐに傍らに控える側近へと向き直った。「比干叔父上と、箕子叔父上をお呼びせよ。いつもの『内密の相談』があるとな」すぐにでもこの名案を二人の重鎮に諮り、確固たる方針として固めてしまいたかった。足早に叔父上たちを呼び出しに向かう使者の背中を見つめながら、私はこれからの国家の安定に向けて、確かな手応えを感じていた。




