伯邑考
紂王伝 第45話 何事もなく無事に、伯邑考の一行が商の領内へと入国した。道中、崇の国を通過する際には、崇侯虎が気を利かせて自主的に護衛を付けてくれていた。そして崇と商の国境において、私が事前に派遣しておいた我が直轄の親衛隊と無事に合流、護衛の任務を引き継いだ。そこからは親衛隊の厳重な警護のもと、彼らは一切のトラブルに巻き込まれることなく王都・朝歌へと到着した。朝歌に足を踏み入れた伯邑考は、すぐさま朝貢の手続きを行い、私との謁見を求める使者を宮廷へと派遣してきた。「ほう、甥の伯邑考が無事に到着したか。よし、直ちに謁見と朝貢の受け入れ準備にかかれ」私は即座に指示を出した。長旅の疲れを考慮しつつも、長引かせる必要はない。翌日には、彼との謁見の場が設けられた。厳かな謁見の間。居並ぶ群臣の前で平伏する若き伯邑考に向け、私は声をかける。「陛下、まずはご挨拶とお礼を申し上げたく存じます」「許す。面を上げよ」私の許しを得て、伯邑考は真っ直ぐに私を見据え、その朗々とした声を広い空間に響かせた。「西伯が子、伯邑考、大王の御前に畏まり奉る。我が父・姫昌が重ねたる不徳、大王の御心を痛めましたこと、一族を代表して深くお詫び申し上げます。父の罪を贖うべく、我が領地より集めし財宝、そして国中の大亀の甲羅と良質の青銅を、ここにすべて捧げ奉ります。大王は天帝の命を宿す唯一無二の御方。どうかその広大なる御慈悲をもって、老いたる父の命を救い、羑里の地より解放し給え。この伯邑考、父に代わりていかなる罰をも受ける覚悟にございます。伏して、伏して大王の御寛恕を願い奉ります」見事な口上だった。差し出された朝貢の品々にも目を見張る。財宝だけでなく、我が商王朝にとって祭祀に欠かせない極上の「大亀の甲羅(甲骨)」、そして軍事力の象徴である「良質の青銅」をこれほど集めてくるとは。周の財力を示すと同時に、我が国の急所を正確に突いた政治的センスを感じさせる。平伏する甥の姿を見つめながら、私は冷徹に思案を巡らせていた。(……だが、姫昌の解放は、今の段階ではやはり有り得んな)どれほどの財宝を積まれようと、あの老獪な怪物を西国に返すわけにはいかない。しかし、目の前で覚悟を語るこの若者――次期後継者である伯邑考を、父親と「交代」させるのは悪くない一手だ。伯邑考に商の官職を与えて朝歌に留め置く。実質的な「人質」としての任官だ。そうすれば、周の動きを完全に封じ込めることができる。(……むろん、これも比干や箕子の二人の叔父上たちと、あらかじめしっかりと図ってからでなければ決められんがな)一筋縄ではいかない政治の駆け引き。だが、目の前で必死に頭を垂れる伯邑考の『器』を見る限り、彼が相手であれば、こちらの手札次第でどうとでもコントロールできる。私はそう確信していた。




