啓叔父さんと秘密の謀
紂王伝 第44話 最近頻繁に私の邸宅を訪ねてくる、啓叔父さん――微子啓。彼の目的は、私の大好きな旦那様をいつも困らせている、あの西方の君主・姫昌について、私にある「吹き込み」をすることだった。「妲殿。あれから随分とお調べになったご様子。して、姫昌めの評価はどうなりましたかな?」叔父さんに促され、私は皆に集めてもらった情報を思い返しながら、自分でまとめた考えを口にした。「前に、啓叔父さんが『姫昌は悪い奴だ』って言っていたから、色々と調べてみたの。そしたら……みんな彼をすごく偉い人だって褒めていて、西方では『聖人』って呼ばれているみたい」私の言葉に、微子啓は満足そうに深く頷いた。「よく調べましたね。しかし、よく考えてみてください、妲殿。もし同じ立場の貴方のお父様……冀州侯殿が、王様の許しを一切得ずに周辺の諸国へと攻め入り、それらを傘下に収めたとしたらどうでしょう? 冀州の民から見ればお父様は『英雄』ですが、我が商の王朝から見れば……?」「それは……」お父様がそんな勝手なことをするはずはないけれど、もしやったら絶対に許されないいけないことだ、ということくらいは私にも理解できた。周がやっていることは、それと同じなのだ。「どうやら、ご理解いただけたご様子。そこで、私から一つ提案があるのです」微子啓の目が、怪しく光った。「すでに周が大きく勢力を伸ばしてしまったのは、いまさら仕方のないこと。ならば、その君主たる姫昌を、二度と商に逆らえなくしてしまえば良いのです。……彼らは奴を『聖人』と崇めているのでしょう? もし奴が本当に何でも見通す聖人ならば、いかなる悲劇が身に降りかかろうとも、すべてを事前に察知して、取り乱すことなどないはず。――試してみたくはありませぬか?」叔父さんの言葉が、私の胸にすとんと落ちていく。そうだ。好き勝手に勢力を広げて、大好きな旦那様をあんなに困らせている悪い君主には、ちゃんとお仕置きをしなくてはいけない。もし本当に何でもお見通しの聖人なら、事前にそのお仕置きを防ぐか、あるいは何が起きても平然としていられるはずだから。「丁度良いことに、近々、姫昌の息子である伯邑考が、ここ朝歌にやって来ます。それを、利用するのです……」二人の密談は、その後も深く、静かに続いた。部屋の前に控える二人の配下や侍女たちを除けば、この恐ろしい陰謀の始まりを知る者は、宮廷のどこにもいなかった。




