浮気の調査
紂王伝 第39話 密偵と王の背中私は、忙しさを理由になかなか奥の館へ帰ってこない旦那様の動向を探ることにした。もちろん自分一人ではそんな芸芸はできない。だから、朝歌へ旅立つ前に、故郷のお父様が私に付けてくれた「あの百人の若者たち」の力を、ここで初めて借りることにしたのだ。人目を忍んで連絡を入れると、潜伏していた彼らは突然の呼び出しに驚きつつも、すぐに私の前に駆けつけてくれた。「お嬢様、二年ぶりにお姿を拝見いたします。嗚呼、お元気そうで、何よりお幸せそうで本当に安心いたしました。……なるほど、帝辛様の動向を、でございますか。即座にとは参りませんが、必ずや調べ上げて一ヶ月後にご報告いたします。またいつでもご連絡を」彼らは私の頼みに深く頭を下げ、全面的な協力を約束してくれた。もし、私や優しい風姉さんを放ったらかしにして、どこか別の場所で浮気なんかをしていたら、絶対に風姉さんに報告して成敗してもらうんだから!私はそう息巻いて、一ヶ月後の報告を今か今かと楽しみに待った。しかし、一ヶ月後に届けられた報告は、私の予想を遥かに裏切る、驚くべきことばかりだった。王様は怪しい女の館に通うどころか、商の各地の都市や小さな邑落を飛び回って視察を繰り返していたのだ。それだけではない。時には身分を隠して泥にまみれ、民衆に紛れて街道整備の土木仕事を一緒になって行っていたという。――何故、一国の頂点に立つ王様が、そんな汗臭い泥仕事を自らしなければならないの?意味が分からず困惑した私は、浮気調査のつもりで集めたこの結果を、そのまま風姉さんに報告した。すると、お姉様は少しだけ寂しそうに眉を下げ、静かに語ってくれた。「あの人はね、私と結婚する前からずっとそうなのよ。父上(飛廉)や、あなたを面白おかしく笑わせてくれる弟(悪来)も、危ないからって何度も止めようとしたの。でも、回数は減っても、あの人は絶対に辞めないのよね……」お姉様の少し悲しそうな横顔を見つめながら、私の胸には新たなる疑問が湧き上がっていた。そんな泥仕事や国の政務は、家族と過ごす温かな時間よりも、ずっと大切なものなのだろうか。民衆の中に混じって汗を流すという、私の知らない夫の背中を想像しながら、私は小さな胸の奥で、その答えの出ない問いをじっと反芻していた。




